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神との対話 2巻 第二回目読了

新装版 神との対話2
ニール・ドナルド・ウォルシュ、吉田 利子
注釈の最終更新日: 2021年2月12日 金曜日
193 個のハイライト |

メモ付きのKindle本:
新装版 神との対話2
ニール・ドナルド・ウォルシュ、吉田 利子
注釈の最終更新日: 2021年2月12日 金曜日
193 個のハイライト | 0個のメモ
黄色のハイライト | 位置: 55
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黄色のハイライト | 位置: 100
もっと良くなれるか、もっと大きくなれるか、怒りとちっぽけな 嫉妬、性的なゆがみ、経済的な不公正、愚劣な教育、社会の不平等、政界の秘密、ごまかし、権力闘争などのない世界を創る動力源となれるか──それが課題である。そして、それが可能だという希望を与えてくれるという意味で、明るい。  そんな世界を、わたしたちはほんとうに創れるのか? 神はイエスと
黄色のハイライト | 位置: 283
お互いから身を隠すのはやめましょう。もちろん、自分自身から隠れることも。隠れるのをやめる一番の近道は、真実を語ることです。誰にでも、いつも真実を語ることです。 たったいまから、そしてつねに、真実を語りつづけましょう。自分に、自分自身についての真実を語ることから始めましょう。それから、ほかのひとについての真実を、自分に語りましょう。 つぎに、自分についての真実をひとに語りましょう。そのあとは、誰かについての真実をそのひとに語りましょう。最後に、すべてについての真実をみんなに語りましょう。これが、「真実を語る」五つの段階 です。自由への五つの道です。真実はあなたを自由にするからです。これは真実についての本です。わたしの真実ではなく、神の真実
黄色のハイライト | 位置: 321
さて、わたしの意志があなたの意志になるためには、第一に、あなたはそれを知らなければならない。第二に、受け入れなければならない。第三に、ほめたたえなければならない。第四に、愛さなければならない。第五に、それをわがものとし、 自分の意志だと言わなければなら
黄色のハイライト | 位置: 377
人生はつねに創造のプロセスだ。毎分毎分、あなたは自分の現実を創造している。あなたは今日、何か決意しても、明日はそれを選択しなかったりする。だが、〈マスター〉の秘密はそこにある。 つねに同じことを選択しつづける、それが秘密だよ。  何度も何度もくり返すんですか? 一度じゃ、だめなんですか?  何度も何度も、あなたの意志が現実になるまで。 ひとによっては、何年もかかる。〈マスター〉に近づいていれば、何日か、何時間か、何分かでいいかもしれない。〈マスター〉にとっては、創造は瞬間的 だ。意志と体験の間隔がなくなったら、〈マスター〉に近づいたと思えば
黄色のハイライト | 位置: 386
気が変わるたびに、宇宙全体の方向が変わることを覚えておくことだ。あなたが何か「決意」すると、宇宙に動きが生じる。あなたの理解を超えた力、あなたが想像するよりも、はるかに微妙で複雑な力がプロセスに介入し、あなたがようやく理解しはじめたばかりのこみ入った力学がはたらく。相互に作用して生命という存在全体をつくりあげるエネルギーがある。あなたの決意が生む力もプロセスも、その 精緻 な網の目の一部なのだ。
黄色のハイライト | 位置: 394
ひとつのことについては、心を定め、目的を絞ったほうがいい。それが現実になるまでは、気持ちをそらさないことだ。焦点を定めておきなさい。気持ちを集中させなさい。 それが、「専心」ということだよ。何かを選ぶなら、全力をあげて、心から選びなさい。いいかげんな気持ちではいけない。選びつづけなさい。前進しつづけなさい。決意をもちつづけなさい。  もうだめだ、なんて思ってはいけないんですね。  そう、その
黄色のハイライト | 位置: 420
わたしは、あなたが呼び出すものを創り出す! あなたは考え、感じ、言葉にすることによって何かを呼び出す。単純なこと
黄色のハイライト | 位置: 430
人生のすべては、自分の表現であるべきだ。事実、人生とはそういうもの
黄色のハイライト | 位置: 436
よく言われる「魂の探求」という経験だが、魂の探求は「理性の外」でしなければなら
黄色のハイライト | 位置: 442
このことを覚えておきなさい。魂は創造し、理性は反応する。「この瞬間」の体験とは、あなたが何も意識しないうちに、神から送られてきたものであることを、魂の智恵は知っている。 現在(pre-sent)とは、前もって(pre)送られた(sent)という意味なのだ。あなたが探し求めている瞬間に、それどころか、探し求めようと考える前に、わたしは回答を与えている。一瞬、一瞬はすべて、神の輝かしい贈り物だ。現在はプレゼント(贈り物)なのだ
黄色のハイライト | 位置: 450
魂は自分を体験的に知りたがる。自分を体験的に知ることを通じて、わたしを知ろうと
黄色のハイライト | 位置: 452
大きな決断をするときには、理性の外に出なさい。魂の探求をしなさい。 魂は、理性の思いも及ばないことを知って
黄色のハイライト | 位置: 454
自分にとって何が「最善」かと考えていると、選択が慎重になり、いつまでも決断できず、あなたは期待という海に向かって船出することになる。気をつけないと、期待の海で 溺れてしまう
黄色のハイライト | 位置: 458
 魂はあなたの感情に語りかける。だから、自分の感情に耳をすましてごらん。 感情に従うこと。感情を大切にする
黄色のハイライト | 位置: 462
感情のせいで「めんどう」なことになったりはしない。あなたの感情、それはあなたの真実なのだ
黄色のハイライト | 位置: 463
感情に従う人生ではなくて、感情を理性という機械的なふるいにかける人生がいいと思うなら、そう生きなさい。理性による状況分析をもとに、決断しなさい。だが、そんな機械仕掛けの人生に喜びを求めたりしないことだ。まして、 ほんとうの自分 を賛美できるなんて、思わないことだ。 いいかね。真の賛美とは非理性的なものだ
黄色のハイライト | 位置: 472
正気に戻る」というのは自分のほんとうの感情に戻ることであって、思考に戻ることでは
黄色のハイライト | 位置: 473
思考はただの思考にすぎない。理性がつくりあげたものだ。理性が「でっちあげた」ものだよ。だが 感情、それはほんものだ。 感情とは魂の言葉だ。そして、魂こそがあなたの真実だ。さあ、これで納得した
黄色のハイライト | 位置: 480
あなたにはどうすることもできない。 自分の感情を表現しないほうがいいことなど、 ほとんどないだろうね。だが、人間はたいてい、感情を表現しない。不愉快なことにぶつかったらどうしようと不安だから、真実を隠して
黄色のハイライト | 位置: 482
いいかね、覚えておきなさい。メッセージがどう受けとられるかはどうでもいい、それよりもどう送られるかのほうが大事なのだ
黄色のハイライト | 位置: 484
相手があなたの真実をどう受けとるか、そこまであなたは責任をとれない。あなたにできるのは、自分自身の真実を、うまく伝えようとすることだけ
黄色のハイライト | 位置: 485
うまく伝えるというのは、はっきりと、正確に伝えることだけではない。愛情と共感をもって、思いやり深く、勇気をもって、完璧に伝えるということだよ。 半分の真実などということもないし、「残酷な真実」も、「平凡な真実」もありえない。 「神に誓って真実のすべてであり、真実だけ」、それが真実だ。「神に誓って」と言ったね。そこで真実は、愛情と共感という神性を
黄色のハイライト | 位置: 490
だから、「否定的」な感情も表現しなさい。だが、破壊的に表現してはいけ
黄色のハイライト | 位置: 491
否定的な感情を表現しないで、内にためこんでいると、 いつまでも消えずに
黄色のハイライト | 位置: 500
否定的な感情を放出し、解放することが大切なのだよ。外に出すこと、自分の前に置いてみること。そのときはじめて、はっきりと見えてくるし、ほんとうにそう信じているかどうかもわかる。みにくいことでもすべて口に出してしまうと、もう「真実」とは思えなくなるのに気づくはずだ。恐怖や腹立ち、怒りをすべて表現してしまうと、もうそうは感じていないと気づくはず
青色のハイライト | 位置: 514
ひととして挑戦すべき最大の課題は、「いまここで、あるがままに」ということだ。ものごとをでっちあげないこと! 現在(つまりあなたが考えるより先に、前もって〈pre〉送られた〈sent〉時)についての考えをつくりあげるのをやめなさい。ただ、いま、その時に身をまかせ
黄色のハイライト | 位置: 517
いまという時は、自分へのプレゼントだ。そこには、壮大な真実の種がひそんでいる。あなたが覚えておきたい真実だ。だが、その時が訪れたとたんに、あなたは考えをつくりあげようとする。その時に身をまかせるのではなくて、外側に立って、判断をくだそうとする。だから、反応する。 前にしたとおりに 行動
黄色のハイライト | 位置: 525
それぞれの瞬間をきよらかに、前もって考えたりせずに迎えれば、あなたは 過去の自分を再現するのではなく、自分を創造することができる。 人生は創造のプロセスだ。ところがあなたは、再現のプロセスのように生きて
黄色のハイライト | 位置: 564
あなたがたはみんな、自分に価値がないと思っている。だから、イエスの名において願う。あるいは、聖母マリアの名において。「守護聖人」の名において。あるいは、神の子の名において。あるいは東洋の精霊の名において。誰かれかまわず、いろいろな名を使うけれど、自分の名だけは使わ
黄色のハイライト | 位置: 567
願えば与えられるだろう。求めれば、見つかるだろう。 叩けば、開かれるのだ
黄色のハイライト | 位置: 583
イエスは、一体性を示すことで神性を示した。どこでも(誰とでも)すべてとの一体性、統一性を見ていた。そこで、彼の意識とわたしの意識がひとつになった。そうなれば、彼が「現れよ!」と呼びかけるものなら何でも、その神聖な瞬間に、彼の神聖な現実のなかで実現
黄色のハイライト | 位置: 589
あなただって、キリストの意識をもてるのだよ。  どうすればいいんですか?  そうありたいと願えばいい。そうあることを選択すればいい。だが、毎日、毎分、選択しつづけなければならない。 人生の目的 にしなければなら
黄色のハイライト | 位置: 616
あなたは「キリストの精神」になりたいのかな? それなら毎日、毎分、キリストのように行動しなさい(どうすればいいか、わかりません、と言ってもだめだよ。キリストが示したではないか)。 あらゆる環境で、キリストのようでありなさい(できないと言ってもだめだな。彼はちゃんと指示を残しているではないか)。 助けがないわけではない。求めればいいのだ。わたしは、 毎日、 毎分、指針を与えている。どちらへ曲がればいいか、どの道をとればいいか、どんな答えをすればいいか、どう行動すればいいか、何を言えばいいか、それを知っている細い静かな声、それがわたしだ。ほんとうにわたしとひとつになることを、わたしとの魂の交流を望むなら、どんな現実を創造すればいいか、細い静かな声は知っている。 わたしの声に耳をすまし
黄色のハイライト | 位置: 655
何でも役に立つことを、実現できることをしなさい。祭儀、式典、論証、瞑想、思考、歌、言葉、行動、「ふたたび結びつく」ために必要なことなら、何でもしなさい。 わたしを思い出しながら、実践し
黄色のハイライト | 位置: 663
⑦魂は、理性には思いも及ばないことを理解
黄色のハイライト | 位置: 664
⑧自分にとって何が「最善」か(どうすれば得るものが最も多く、失うものが最も少なく、欲しいものが手に入るか)を考えるのはやめ、自分らしいと感じることを
黄色のハイライト | 位置: 665
⑨自分の感情が自分の真実。自分にとっての最善とは、自分にとっての真実だ。 ⑩思考と感情は「 ちがう」。思考は、こう感じる「べきだ」という考えにすぎない。思考と感情が混同されると、真実はくもって、失わ
青色のハイライト | 位置: 688
「時」は継続ではない。垂直ではなく、水平な相対性の要素だ。ただし、「左から右へ」というふうに考えないこと。ひとりの人間の誕生から死まで、線を描くように時が存在しているとか、時とは、宇宙のある時点からべつの時点までの線だとは考えないこと。「時」は「上がったり、下がったり」するものだよ! いまという永遠の瞬間を表す、はかりのようなものと考えればいいかな。 そのはかりの上に、紙の束がのっていると考えてごらん。それが時の要素だ。それぞれはばらばらだが、 同時に 存在している。全部の紙の束がはかりの上にある! 未来にあるように、そして過去にあったように……。あるのは、ただひとつの時、この瞬間、いまという永遠の瞬間だ。 すべてが、いまこの瞬間に起こり、わたしは栄光に輝いている。神の栄光を待つ必要はない。 わたしはあなたがたをそんなふうに創った。 なぜかって、待ってはいられないからだ!  わたしはわたしであることが幸せだから、それをわたしの現実に出現させるのを待っていられなかった。 だから、 バーン、そら、出現した。いま、「 そのすべて」がある! これには、はじまりもなければ、終わりもない。すべてであるもの、それはただ存在する。 その存在のなかに、あなたが存在する。そして、あなたの最も偉大な秘密も存在する。 あなたは意識のなかで、この存在のなかのどんな「時」にも、どんな「場所」にでも、移動することが
青色のハイライト | 位置: 703
時間のなかを旅行できるということですか?  そのとおり。おおぜいが旅をしているよ。それどころか、全員がしている。ふつうは夢と呼ばれる状態のなかでね。 ほとんどのひとは、それに気づいていない。旅をしているという認識をもちつづけることができないからだ。だが、そこにはエネルギーが 膠 のように付着している。充分に付着していると、そういうエネルギーに敏感なひとには、あなたの「過去」や「未来」がわかる。彼らはエネルギーの残りを感じたり、「読みとったり」できる。そういうひとたちを、予言者とか、超能力者と呼ぶ。 また、エネルギーの残りがたくさんあると、あなた自身の限られた意識のなかでも「ここには来たことがある」と感じることがある。「これは前にもあった」と気づくことがある!  デジャヴュ(既視感)ですね!  そう。それに、誰かに会ったとき、このひとは 昔から知っていた、 永遠に 知っているひとだと感じる、あのすばらしい気分だね! あれは驚くべき感情、不思議な感情だ。そして、真実の感情だ。 あなたは相手の魂を、 永遠に 知っている!  永遠というのは、たったいまということだよ! あなたはときどき、はかりの「紙の束」の上のほうをめくったり、下のほうをめくったりして、すべての紙を見る! そこにあなた自身を見る。なぜなら、 どの紙にもあなたの一部があるのだ
黄色のハイライト | 位置: 742
苗木だから完璧ではないということじゃない。幼い子供もおとなと同じように完璧だ。 完璧そのものだ。彼らは自分の完璧さを損なうことなど、何もできないし、知らないのだから。子供は過ちを犯す。立ち上がり、よちよち歩きをし、転ぶ。また立ち上がり、よろよろと歩き、ママの足にしがみつく。だからといって、子供が完璧ではないということになるかな? とんでもない、その逆だよ! 子供は 完璧そのものだ。欠けることのない、ほめたたえるべき完全な存在だ。そして、あなたもそうなの
黄色のハイライト | 位置: 768
人生とは、自分が何者であるかを決め、それを体験するプロセスだ。あなたは視野をひろげながら、そこにあてはめるべき新しいルールをつくる! 自分についての考えをひろげながら、新しい正邪や、イエスとノーでそれを
青色のハイライト | 位置: 770
あなたが押しこんでおけない 何かを「押しこんでおく」境界なの
黄色のハイライト | 位置: 772
あなたは限りない、際限のない自分自身について想像をめぐらし、何らかの概念をつくりあげ、それから境界を受け入れる。自分をふくめて何かを 知る ためには、ある意味ではその方法しか
黄色のハイライト | 位置: 784
自分とは何者かを決めるために「正しい」ことと「悪い」ことをつくりあげているのだということが、理解できたかね? そうした定義、つまり境界なしには、あなたは何者でもなくなる、それがわかるかな? それに、わたしと同じで、あなたの場合も、自分とは何者かという考えが変化し、それにつれて境界も変化していることがわかる
黄色のハイライト | 位置: 817
ヒトラーは天国へ行ったのだ
黄色のハイライト | 位置: 828
あなたがたが「死」と呼ぶものが、じつは 誰にとっても最高の出来事
黄色のハイライト | 位置: 830
あなたは、地上の暮らしのほうが天国での命よりも良いものだと思っているのか? いいかね、死の瞬間にあなたは、かつて味わった最大の自由、最大の平安、最大の喜び、最大の愛を知るだろう。それでも、イバラの 藪 にウサギどんを放りこんだキツネどんを責める
黄色のハイライト | 位置: 902
わたしのいるところには「悪」はないし、悪魔もいない。あるのは存在のすべて、それだけだ。すべてはひとつ。そしてその認識と経験だ。わたしの世界は、絶対の世界であって、そこでは、ひとつのものが他との関係によって存在しているのではなく、何ものからも独立して存在している。私の世界は、存在するすべてが愛であるところ
黄色のハイライト | 位置: 908
「死」というものはない。生命は永遠に続く。生命はある。ただ、かたちを変えるだけ
青色のハイライト | 位置: 911
結果とは、線を描く「時」と「ものごと」の連鎖によって決まるのだ
青色のハイライト | 位置: 919
あなたがたの神学は、自らをもういちど発見しようという試みだ
黄色のハイライト | 位置: 928
神は自我もなければ何かを必要とすることもない、存在するすべての源であり、すべての知識と愛の座であると考えるならば、あなたがたの神学はばらばらに
黄色のハイライト | 位置: 935
人生の目的は、自分とは何者であるかを知ること、自分を再創造することなのだ
黄色のハイライト | 位置: 943
ヒトラーが犯した過ちは、彼が死にいたらしめた人びとをなんら害することも、侵すこともなかった。あの人びとの魂は、地上の束縛から解放された。さなぎから 蝶 が解放されるよう
黄色のハイライト | 位置: 945
残された人びとが彼らの死を 悼むのは、彼らの魂がどんな喜びへと分け入ったかを知らないからだ。死を経験したら 誰も死を悼んだりはしないよ。 彼らは時ならぬ死をとげたのだから「間違っている」とあなたは言うが、それは、宇宙では起こるべきでないことが起こりうると言っているのと同じだ。だが、わたしが何者で、どのような存在であるかを考えれば、それは不可能だよ。宇宙で起こることはすべて、完璧に起こるべくして起こっている。神はずいぶん長いあいだ、過ちを犯してはいないのだ。すべてに完璧さを見るなら──あなたが賛成できることばかりでなく、(とりわけ)賛成できないことでも完璧だと考えるなら──悟りを開いたことに
青色のハイライト | 位置: 1,048
②時間は連続しているものではない。「上がったり、下がったり」するパラダイムのなかに存在する、相対性のひとつの面である。「時」や「出来事」は重なりあっていて、同じ「時間」に起こって
青色のハイライト | 位置: 1,050
③わたしたちは、この時間──非時間──すべての時間という領域で、あちこちの現実をつねに旅している。ふつう、旅は眠りのなかで行われる。 デジャヴュ は、旅を感じるひとつの方法で
黄色のハイライト | 位置: 1,062
⑬人間がつくり出した神学は、存在しない狂気の神を説明しようという、狂気の試みで
黄色のハイライト | 位置: 1,071
「悪魔のしわざ」とか「天罰」とか「神からの 褒美」などと考えるのは過ちだ。出来事や経験は出来事や経験として起こるにすぎない。それに意味を与えるのは、わたしたちがどう 考え、どう 行動し、どう 応えるか だよ。 出来事も経験も、あなたに引き寄せられる機会で、意識を通じて個人的、集団的に創り出される。意識は経験を創り出す。その意識を、あなたがたは向上させようとしている。機会を引き寄せるのは、 あるべき自分 を創り、体験するためで、 あるべき自分 とは、いまのあなたよりも高い意識をもった存在ということだ。 わたしは、あなたにあるべき自分を知らせ、体験させようと思って、そのために自分が創り出そうとする出来事や経験を引き寄せさせているのだ
黄色のハイライト | 位置: 1,085
誰も、偶然にあなたのもとへやってくるのではない。偶然などということはない。 なにごとも、いきあたりばったりに起こりはしない。人生とは機会の産物
黄色のハイライト | 位置: 1,096
自分の意識とあった集団意識をもつグループが見つからないなら、 自分で創りなさい。そうすれば、似たような意識をもった人びとが引き寄せられてくるだろ
黄色のハイライト | 位置: 1,140
しかし、ヒトラーは、何百万人もの人びとが協力し、支援し、積極的に服従しなければ、何もできなかった。だからドイツ人と呼ばれる小グループは、ホロコーストの大きな責任をになうべきだ。しかし、ある意味では、人類という大きなグループにも責任がある。人類は、どんなに冷酷な孤立主義者でも無視できないほど 惨事 がひろがるまで、ドイツ国内の苦しみに無関心で、鈍感だったのだから。 いいかね、ナチの運動を発展させた 肥沃 な土壌は、 集合意識 だった。ヒトラーはそのチャンスをつかんだだけで、創り出したわけではない。 この 教訓 を理解することが大切だ。つねに分離と優越ばかり口にしている集団意識は、大々的な共感の喪失を生み出す。共感の喪失は、必ず良心の喪失に
黄色のハイライト | 位置: 1,151
ヒトラー経験の恐ろしさは、彼が人類に対して罪を犯したということではなく、 人類が彼に罪を犯させた という
黄色のハイライト | 位置: 1,153
驚かなければならないのは、ヒトラーが登場したことではなく、あれほど多数の者が彼と 行動 をともにしたことだよ。恥ずべきは、ヒトラーが何百万人ものユダヤ人を殺したことだけでなく、何百万人ものユダヤ人が殺されるまで、誰もヒトラーを 止めなかった こと
黄色のハイライト | 位置: 1,161
自覚的な意識がすべてで、経験を創りあげる。 グループの意識 は強力で、言語に絶する美しさやみにくさを生む。どちらになるか、選択するのはつねにあなたが
黄色のハイライト | 位置: 1,179
よ。分裂、分離、優越の意識──「われわれ対彼ら」、「こちら対あちら」──が、ヒトラー経験を
黄色のハイライト | 位置: 1,181
聖なる友愛、統一、一体感、「あなたのもの対わたしのもの」ではなくて、「わたしたちのもの」という意識が、キリスト経験を創り出す。 「あなたの」苦痛ではなく「わたしたちの」苦痛なら、「わたしの」喜びではなく「わたしたちの」喜びなら、 人生経験のすべて がわたしたちのものなら、そのときこそ、完璧な命の経験に
黄色のハイライト | 位置: 1,198
第一に、死は終わりではなく、はじまりだ。恐怖ではなく、喜びだ。閉鎖ではなく、開放だ。人生で最も幸せな瞬間とは、それが終わる瞬間
黄色のハイライト | 位置: 1,200
なぜかといえば、それは 終わりではなく、形容しがたく理解不能でありながら、もっとすばらしい、平安と智恵と喜びに満ちた前進だから
黄色のハイライト | 位置: 1,211
ヒトラーは同胞のために善行を行っていると考えていた。それに、彼の同胞もそう考えていたのだ!  それこそが、狂気なのだよ!  国の大半が、 彼に同調したの
黄色のハイライト | 位置: 1,225
神の愛と神の 憐れみ、神の智恵と神の 赦し、神の意図と神の目的は、どれほど凶悪な犯罪、どれほど凶悪な犯罪者をも包みこんでしまうほど
黄色のハイライト | 位置: 1,239
時間というものはない。すべては同時に存在する。すべての出来事は同時に
黄色のハイライト | 位置: 1,279
も、 空間のなかの動き を計算する方法にすぎない。だから、「過ぎて」いくのが時ではなくて 対象物 であり、それも、あなたがたが 空間 と呼ぶ、静止した場を回転しているだけだとわかるだろう。「時」は、動きを 計測する方法 にすぎ
黄色のハイライト | 位置: 1,282
科学者はこの関係を理解し、「 時空の継続性」という言葉で表現している。 アインシュタイン博士たちは、時とは、頭脳でつくりあげた 相対的な概念 にすぎないことに気づいていた。「時」とは、物体と物体との間に存在する空間の関係なの
黄色のハイライト | 位置: 1,305
空間という布の「ひだ」(アインシュタインたちはそういう「ひだ」が存在すると信じていた。彼らの信念は正しかった!)に行きあたった場合、あなたは極限まで微小な「瞬間」に、「場」を突きぬける。そのような時空現象によって、「時間」を逆行することができるだろうか? これで、「時」というものが概念的な操作なしには、存在しないことが理解しやすくなっただろう。 かつて起こったことはすべて──そしてこれから起こることもすべて──いま、起こっている。それを観察できるかどうかは、要するにあなたの視点、つまり「場のなかの位置」に左右される。 あなたが わたしの 場にいれば、たったいま、 すべてを 見通すことができるだろ
黄色のハイライト | 位置: 1,327
 自分が見た未来の出来事や経験が気に入らなければ、それを選ばなければいい! 選びなおしなさい! べつのことを選びなさい! 行動を変えて、望ましくない結果を避けなさい。  でも、すでに起こっていることを避けるなんて、できますか?  あなたには、まだ起こってはいない! あなたは、 起こっている出来事を認識しない 時空にいる。あなたは、それが「起こった」ことを知らない。あなたは、未来を「覚えて」いないのだ(忘却、それが すべての時の秘密 だ。このおかげで、人生という偉大なゲームを「プレイ」することが可能になる! これについては、あとで説明しよう)。 「知らない」ことは「無い」。「あなた」は「未来」を覚えていないから、それはあなたにとってはまだ「起こっていない」。あなたは、「経験した」ことだけを「知る」のだから。幸運にもつかのま、「未来をのぞいた」としよう。そのときあなたの魂──非物理的な部分──が時空のほかの場を通過して、その時や出来事の名残のエネルギーを──イメージとか印象を──持ち帰る。すると、あなた
黄色のハイライト | 位置: 1,342
あなたは 時空のすべて のレベルに同時に存在していることを、もう知ってもいいころだね。 つまり、あなたの魂は、過去、現在、未来に、終わりのない世界に、つねに存在しているのだよ。  わたしは、複数の場に同時に「存在」しているんですか?  もちろん! あなたは すべての場に ──すべての時に存在している!  未来にも、過去にも、「わたし」がいるんですか? 「未来」も「過去」も存在しないことは、さっきこまごまと説明したとおり
黄色のハイライト | 位置: 1,358
第一に、あなたの 目の前にいる「あなた」が経験することを変えれば、あなたの 後ろにいる「あなた」は、それを経験せずにすむ! その方法で、あなたの魂は進歩していく。同じく、未来のあなたは、未来の自分に助けられる。彼が しようとしなければ、避け
黄色のハイライト | 位置: 1,363
あなたは聖なる存在で、同じ「時」に複数の経験をすることができる。自己というものを、自分が選んだだけの数の「自己」に分割することができる。あなたは「同じ生」を何度もくり返して、べつのやり方で生きることができる。それは、いま説明したとおりだ。それに、時空のなかで異なる「時」に、異なる「生」を生きることもできる。だから、いま、ここにいるあなたでありながら、ほかの「時」、ほかの「場」で、ほかの「自己」になることができるし、実際にそうしてきたんだ
黄色のハイライト | 位置: 1,375
あなたはすべての生── 多くの 生──を、 ほんとうの自分を決定するため に活用している。 ほんとうの自分 を選び、創造するために、現在考えている自己を経験し、実現するために活用している。 あなたは永遠なる自己創造のなかにいて、自己表現のプロセスを通じて、自分自身を実現している。 あなたは人生で出会う人間や出来事、環境を、 道具 として自分の身に引き寄せている。その 道具 を使って、最も偉大な自己、最も偉大なヴィジョンを創りあげるのだ。この創造と再創造のプロセスは終わることなく、多層的に進行する。すべては、さまざまなレベルで「たったいま」起こりつつある。 時間を直線的に考えるあなたは、経験を過去、現在、未来に分ける。自分がひとつの生を生きていると思っている。たくさんの生を生きたにしても、一度にひとつだと思っている。だが「時」がないとしたらどうなる?  すべての「生」を一度に 生きていることになるではないか!  そうなのだ! あなたは この生、いま認識している生を、 過去、 現在、 未来、同時に生きている! 未来の出来事について「不思議な予感」を覚えたことはないか。生なましい予感のおかげで、それをまぬかれたことはないか? あなたがたはそれを「直感」と呼ぶ。しかし、「 未来」に経験したことを、ふいに思い出したにすぎない。「未来のあなた」が言う。「おいおい、これは楽しくないよ。 やめよう
黄色のハイライト | 位置: 1,391
あなたはまた、ほかの人生も──「過去生」と呼んでいるね──たったいま、生きている。ただし、「過去」として経験しているし(経験として意識すれば、の話だが)、それはそれでいい。いま起こっていることを すべて認識 したら、人生というすばらしいゲームは、むずかしくて続けられなくなる。この説明だって、充分にわかりはしないだろう。そもそも、わかってしまったら「ゲーム」は終わりだ! このプロセスは、完成の途上にあることが大事なのだ。この段階ではプロセスを完全に認識できないということも、そのために必要なのだよ。だからプロセスを大切にして、最高に親切な創造者からの最高の贈り物として受けとりなさい。プロセスを 慈しみ、安らかさと智恵と喜びを感じながら進みなさい。プロセスを活用しなさい。プロセスを 我慢する のではなく、 あらゆる時 を通じて最もすばらしい創造を 行う 道具 として使いなさい。あなたの 神聖な自己 を実現するため
黄色のハイライト | 位置: 1,402
いまという時を浪費しないことだ。人生の神秘を解き明かそうとして、いまという現実をむだにしてはいけない。神秘が隠されているのには、 理由 がある。それが何かはわからなくてもいいから、神を信頼しなさい。現在という時を、最高の目的のために、 ほんとうの自分 の創造のために使いなさい。 自分とは何者か、何者になりたいのかを 決め、全力をつくして そうなりなさい。時間についての話は、わかる範囲で理解して枠組みとして活用し、そのなかにあなたのいちばん壮大な構想を描けばいい。 「未来」について何か直感したら、それを 大切 にしなさい。「過去の生」について何かを感じたら、頭から無視するのではなく、自分にとって役に立つかどうかを考えなさい。何よりも、自分の神性をいまここでもっとうまく創造し、表現し、経験する方法がわかったら、その方法に 従い
黄色のハイライト | 位置: 1,419
─ 一体である、ただひとつのわたしたち ─── 在るのはそれだけ
黄色のハイライト | 位置: 1,422
 場は…… 表示された時間
黄色のハイライト | 位置: 1,435
宇宙がほんとうに「 固体」 だった ことがある。分子の間にはまったくすきまがなかった。すべてのものから「 場」がとり除かれていた。広大な「 場」がなければ、物質はピンの頭より小さくなって
黄色のハイライト | 位置: 1,439
その「時」より前に、何もない「時」があった。あるのは、最も純粋なかたちの最高の振動エネルギーだけだ。それを、あなたがたは 反物質 と呼ぶ。それは「時」以前の時、あなたがたが知っている物理的な宇宙ができる前だ。そこには 何もなかった。ひとによっては、それを楽園とか「天国」と考える。なぜなら、そこにはわずらわしいことも「何もなかった」から! はじめに、純粋なエネルギーがあった。 わたしだ!  純粋なエネルギーは猛スピードで振動し、物質をかたちづくった。そうして、宇宙のすべての物質ができあがった! あなたにも同じことが可能だ。それどころか、毎日、実行している。思考とは純粋な振動で、それが物質をつくる! おおぜいのひとが同じことを 考えれば、物理的な宇宙の一部に影響を与えることも、一部分を創造することも
黄色のハイライト | 位置: 1,452
 すると、宇宙は収縮するんですか?  そのとおり。すべてが「もとへ戻る」わけだ! そのとき、楽園が戻ってくる。何もわずらわしいことのない、純粋なエネルギーだ。 言い換えれば──「 わたし」だ! 終末には、すべてがわたしに戻ってくる。「そこへ落ちつく」のだよ。  それでは、わたしたちは、もう存在しなくなるんですね!  物理的なかたちでは存在しない。だが、あなたがたは つねに存在する。存在しないことは 不可能だ。あなたがたはすでに「 存在」なのだから。  宇宙が「崩壊」したあとは、どうなるんですか?  ふたたび、すべてが始まる! また、ビッグバンが起こり、もうひとつの宇宙が生まれる。 宇宙は膨張し、収縮する。それから、また同じことがくり返される。何度も、何度も、永遠にくり返される。世界には終わりはない。それが、神の呼吸
黄色のハイライト | 位置: 1,513
恥じてはいけない、それだけは確かだね。それから罪悪感もいけないし、不安もいけない。恥じることは徳ではないし、罪悪感は善ではないし、不安はほめるべきことではないからだよ。 それから情欲もいけない。情欲と情熱はちがう。 濫用 もいけない。濫用と自由はちがう。攻撃的になってもいけない。攻撃は熱意とはちがう。それから、当然ながら、相手を支配しようとか、カずくで動かそうという考えもいけない。そういうことは、愛とは何の関係もない
黄色のハイライト | 位置: 1,519
セックスは自分の喜びのためだけでいいのか? 驚くかもしれないが、答えはイエス
黄色のハイライト | 位置: 1,537
いいかね、 セックスを愛することはちっともかまわないんだよ! それに、 自分自身を愛すること も、ぜんぜんかまわない。それどころか、つとめですらある。あなたがたにとってよくないのはセックスに(いや、何にでも) 溺れることだ。だが、好きになるのは、「オーケー」
黄色のハイライト | 位置: 1,555
望むものを いくらでも愛しなさい、好きになりなさい。何かを愛すれば、自分に 引き寄せられる のだから。 そういうものはみな、生命の 糧 だ。それを愛するということは、 人生を愛することだ。それを望むと宣言すれば、人生が与えてくれる良いものすべてを選びとる、と宣言することになる! だから、得られるかぎりのセックスを選びとりなさい! 身につけられるかぎりの 力 を選びとりなさい! 獲得できるかぎりの 名声 を選びとりなさい! 達成できるかぎりの 成功 を選びとりなさい! 体験できるかぎりの 勝利 を選びとりなさい! 愛のかわりにセックスを選ぶのではなく、 愛をたたえるため に選びなさい。力をふるうためではなく、 強くなるため に選びなさい。名声を目的とするのではなく、もっと 大きな目的のために 選びなさい。それから、他者を犠牲にするのではなく、 他者を助ける道具 として選びなさい。また、他者を代償にするのではなく、 誰にも代償を支払わせず に、いや、 他者にも得をさせるために 選びなさい。 かまわないから、ひとにへつらいなさい。ただし、へつらってもいいひとを探しなさい。ひとよりすぐれることもかまわない。ただし、他者よりすぐれようとするのではなく、 過去のあなた よりすぐれた者になりなさい。ひとより豊かになるのもかまわない。ただし、 より多く与える ために、豊かになりなさい。それから、「どうすればいいか」「なぜか」を知って、その知識を他者と分かち合いなさい。 なによりも、「神を知る」ことを選びなさい。それどころか、まっ先にこれを選びなさい。そうすれば、あとのことは自然に実現
黄色のハイライト | 位置: 1,574
あなたはいままで、受けることよりも与えるほうが大切だ、と教えられてきた。 だが、自分がもっていないものを、与えることができるだろうか。 だからこそ、「自分の喜び」が大切なのだ。自分の喜びがみにくいもののように聞こえるのは、とても不幸なことだ。もちろん、他者を犠牲にする喜びのことを言っているのではないよ。他者の欲求を無視することではない。だが、自分自身の欲求を無視するのもいけない。自分にたっぷりと喜びを与えなさい。そうすれば、他者にもふんだんに喜びを与えることになるだろう。タントラの 行者 は、そういう意味でセックスを知っている。だから彼らは、あなたがたのなかでは罪とされることがある 自慰 を奨励した。  自慰ですか? 驚いたな。ずいぶん、思いきったことをおっしゃいますね。よく、そんなことが 言える なあ。これは、神の言葉のはずじゃないですか?  そうだよ。自慰については批判がありそうだね。  いや、そういうわけじゃないですが。でも、批判するひとはおおぜいいるでしょうね。この本は、ほかのひとにも読んでもらうんですよね。  そのつもりだよ。  それじゃ、なぜ、わざわざ読者をぎょっとさせるようなことをおっしゃるんですか?  なにも、「ぎょっとさせ」ようとしているのではない。ぎょっとするかどうかは、それぞれが決めることだ。ところで、あなたは、 誰 かを「ぎょっとさせる」ことなしに、率直に、オープンに人間のセクシュアリティについて語れるなんて、ほんとうに思っている
黄色のハイライト | 位置: 1,596
そんな体験のことを(みんな体験しているはずだが、誰も語りたがらない体験だね)もち出したのは、もっと大きなことを説明するためだ。大きなこととは何か。 「自分にありあまる喜びを与えなさい。そうすれば、ひとにもありあまる喜びを与えられるだろう」ということだ。 タントラのセックスについて教える 行者 は──彼らの性表現のかたちはとても高度だよ──飢えた心でセックスすると、パートナーに 歓びを与え、 魂 と身体の喜ばしい合一を長く経験する能力が大幅に低下することを知っている。魂と身体の合一を経験したいというのは、高度な性的体験の動機のひとつだ。だから、タントラの恋人たちは相手を楽しませる前に、自分に歓びを与えることがある。お互いの前ですることも多いし、励ましあったり、導きあったりすることがふつうだ。それから、当初の飢えがおさまったところで、もっと深い、相手への渇き──長時間の合一を通じたエクスタシーへの渇き──の輝かしい充足が実現される。自分に歓びを与えること、それは性の楽しさ、うれしさ、愛らしさを充分に表現する一環だ。一部だ。性交と呼ばれる体験は、二時間に及ぶ愛の交歓の最後に来るかもしれない。あるいは、来ないかもしれない。あなたがたの大半は、それだけで終わる二〇分ほどの体験だと思っているがね。二〇分の体験なら、ラッキーなほう
黄色のハイライト | 位置: 1,613
自分に力の喜びを与えれば、他者と分かち合う力も増大する。名声、富、栄光、成功、良い気分になれるものはすべて同じだよ。ところで、どうして「良い気分」になるのか、それを考えてみようか。  わからないな、降参です。どうしてですか? 「良い気分」になるのは、魂が「これがわたしだ!」と叫んでいるから
黄色のハイライト | 位置: 1,644
「わたしたちは一体だ」と考えれば、ひとを傷つけて「良い気分」になれるはずがない。 「無責任な行動」は消えるだろう。そのなかで、ひとは生命を体験し、成長する。そのなかで人生が与えてくれるものは何でも受けとっていいと、 自分に認めてやりなさい。そうすれば、それまで 想像もしなかったほど豊かなもの が与えられているのに気づくだろう。体験、それがあなただ。あなたは表現するものを体験する。表現せずにいられないものを表現
黄色のハイライト | 位置: 1,655
どうすれば、性的なエネルギーをうまく表現できますか?   愛をこめて、開放的に。明るく、楽しく。 思いきって、情熱的に、神聖に、ロマンチックに。 ユーモラスに、とらわれることなく、感動的に、創造的に、堂々と、官能的に。 そして、もちろん、ひんぱんに。  人間の性の正当な目的はただひとつ、生殖だけだと言うひとがいますね。  くだらない。生殖は、人間の性体験の幸せな結果であって、事前にもくろむことでは
黄色のハイライト | 位置: 1,667
あなたは たったいまも、自分の存在の中心からあらゆる方向に向かってエネルギーを発信して
黄色のハイライト | 位置: 1,679
あなたは 新しく創った「振動」を送り出し、受けとる振動に影響され、それがまたマトリックスに新しい振動を加えて変化が起こる。さらにすべてのひとのエネルギーの場が変化し、送り出される振動が影響を受け、マトリックスが影響され──それがまたあなたに影響する。こんなふうに限りなく続いていく。おもしろい想像だと思っているかもしれ
黄色のハイライト | 位置: 1,697
か。 トムのエネルギーは、宇宙に向かって、周囲三六〇度の方角へ信号を送っている。そのエネルギーの一部がマリーに達する。マリーもエネルギーを放出していて、一部がトムに届く。そのエネルギーはあなたが考えもしないような出会い方をする。トムとマリーの 中間 で出会うのだ。 そこでエネルギーは溶けあう(このエネルギーは 物理的な現象 で、 測定することも感じることもできる)。溶けあって、ひとつの新しいエネルギーになる。それを「トマリー」と呼ぼう。 トムとマリーは、このエネルギーを「わたしたちの中間にある身体」と言うかもしれない。どちらともつながっていて、どちらもエネルギーを注ぎつづけている身体で、その身体から放出されるエネルギーは、つねに存在するマトリックスの糸、ひも、あるいはパイプラインを伝わって、 二人の「スポンサー」 のもとに戻ってくる(その「パイプライン」こそがマトリックスだ)。 この「トマリー」という体験、それがトムとマリーの真実だ。この神聖な結びつきに、二人は 惹かれる。二人はパイプラインを伝わってくる「中間の身体」の 崇高 な歓びを、ひとつになった歓び、祝福された合一の歓びを感じるから。 遠く離れて立っているトムとマリーは── 物理的に ──マトリックスで起こっている出来事を 感じとる。どちらも、その体験に惹かれていく。お互いに近づきたいと思う! それも、すぐ
黄色のハイライト | 位置: 1,757
エネルギーの交流は、つねに すべてのもの の間で起こっている。あなたの──放出される金色の光のような──エネルギーは、つねにすべてのもの、すべてのひとと交流している。近づけば近づくほど、エネルギーは密になる。遠ざかれば、うすくなる。だが、決してとぎれることはない。あなたとすべてのひとの中間でふたつのエネルギーは出会い、もっとうすくて現実性が低い、第三のエネルギー単位が形成される。地球上の──そして宇宙の── すべてのもの、すべてのひと は、あらゆる方向ヘエネルギーを放出している。このエネルギーはほかのエネルギーと混ざりあい、交差して、どんな高性能のコンピュータも分析不可能なほど、複雑なパターンを創り出す。 物質と呼ばれるすべてのものの間を流れて交差し、からみあい、混ざりあうエネルギー、これが 物理的にものを結びつけている。これが前に話したマトリックスだ。このマトリックスに沿って、メッセージ、意味、 癒し、その他の物理的な効果という信号が送られる。個人がその信号を創造することもあるが、たいていは集合意識によって創られている。 いま説明した無数のエネルギーによって、お互いが惹かれあう。つまり、引力の法則だ。これによって、似た者どうしが惹かれあう。思考も、似た者どうしがマトリックスに沿って惹かれあう。似たエネルギーが大量に集まると、「固まりあい」、重くなって振動数が低下し、物質になる。思考は物理的なかたちを創造する。おおぜいのひとが同じことを考えれば、現実をかたちづくる可能性がきわめて高くなる(だから、「あなたのための、わたしたちみんなの祈り」が、力強い声明になる。一致した祈りの効果については、本が一冊できるほどの証拠がある)。 また、祈りとはほど遠い思考も、「効果」をもたらす。世界中が不安や怒り、何かが足… エクスポートの制限に達したため、一部のハイライトが非表示になっているか、省略されています。
黄色のハイライト | 位置: 1,821
神がすべてであるものとして自分自身を 知る ためには、すべてでない自分を知らなければならない。あなたにおいて──そして宇宙のあらゆるエネルギー単位において──神は、 全体の一部 である自分を知る。そして、自らの体験として、 万物のすべてである自分 を知る可能性を自らに与える。 自分が何でないかを体験することによってしか、自分が何であるかを知ることはできない。だが、わたしはわたしでないものだ。そこに、神の二分法がある。ゆえに、わたしはわたし
黄色のハイライト | 位置: 1,836
生命の営みはすべてリズムだ。生命そのものが、すべてリズム
黄色のハイライト | 位置: 1,837
すべての生命のなかには、ゆるやかな神のリズムが内在して
黄色のハイライト | 位置: 2,011
シェイクスピアも言っている。「悪」だと考えるから悪なんだ、それだけのこと
黄色のハイライト | 位置: 2,068
社会によっては子供の目の前で堂々と親がむつみあう。性的な表現の美しさ、すばらしさ、純粋な喜び、そして全面的な肯定をこれほど上手に子供たちに伝えるものはないだろう。親はつねに自分の行動という手本によって、何が「正しく」、何が「間違っている」かを子供に教えている。子供たちは、親が考え、口にし、行動することを見て、すべてについて明確な、また微妙な信号を受けとっている。 そういう社会にはレイプや、性犯罪などはほとんど存在しないこと、売春などはとんでもない冗談でしかなく、性的なタブーや機能不全などという話も聞かないことははっきりして
黄色のハイライト | 位置: 2,078
身体の自然な機能を間違った恥ずべきことだと、子供たちに教えるのはやめなさい。セクシュアルなことはタブーだと思わせるのもやめなさい。それよりも、 あなたがた のロマンチックな部分を見せてやりなさい。抱きあい、ふれあい、やさしく 愛撫 しあう姿を見せてやりなさい。両親が愛しあっていること、 愛を肉体的に表現すること は、自然なすばらしいことなのだと教えてやりなさい(そんな簡単なことすら、決して教えない家族がどれほど多いか知ったら、きっとびっくりするよ)。 子供たちがセクシュアルな感情をいだいたり、好奇心や衝動に駆られはじめたら、その新しい経験に罪悪感や 恥辱 感ではなく、喜びや誇りをもてるようにしてやりなさい。 それに、 肉体を 子供たちの目から隠すのもやめたほうがいい。キャンプ先の池や、庭のプールで裸で泳ぐのはいっこうにかまわない。ローブも着ないで寝室からバスルームに行く姿を見て、脳卒中を起こすような子供には育てないこと。必死になってごまかし、隠したり、禁欲したりする必要もない。 親が すなおに自分の姿を見せれば、子供たちは親もセクシュアルな存在だと考える。自分もいつかそうなるのだと思う。 子供は親のまねをして育つ のだから(セラピストに聞けば、親の「行為」を想像できないおとながいることがわかるだろう。セラピーを受ける患者は、そういう想像をしようとすると怒りや罪悪感、恥辱感にさいなまれるのだが、 自分のどこがおかしいのか わからない)。 子供たちとセックスについて話したり、笑ったりしなさい。自分のセクシュアリティに誇りと歓びをもてるように教え、導きなさい。それが、子供たちにしてやれることだ。生まれたときから、最初のキス、最初の 抱擁、最初のふれあいから始めなさい。キスしあい、抱きあう親の姿を見せ
黄色のハイライト | 位置: 2,348
どうして、子供たちを競争が許され、むしろ奨励される学校へ入れ、「最高」で「いちばん多く」を学んだものに 褒美 を与えて「成績」を評価するのか? 自分自身のペースで進ませてやらないのか? そんなやり方から、子供たちは何を学ぶと思う? どうして、子供たちに動きや音楽、芸術の喜び、おとぎ話の神秘、生命の驚異を教えないのか? どうして、子供のなかに自然にあるものを引き出さずに、不自然なことを強要する
黄色のハイライト | 位置: 2,357
つぎの三つの 基本概念 を中心にした、新しいカリキュラムを考えなさい。 ─── 認識 ── 誠実 ── 責任 子供たちに幼いころから、この概念を教えなさい。カリキュラムの最後まで、この三つの筋を通しなさい。教育のモデルをこの三つにおきなさい。すべての指導を、この三つから始め
黄色のハイライト | 位置: 2,398
あなたがたがすべてに 責任 を負うまでは、 何も変えられない のだよ。 彼らがやったんだ、彼らがやってるんだ、彼らがちゃんとすればいいんだ、と言いつづけてはいられないの
黄色のハイライト | 位置: 2,416
あなたがたは、文明社会の最も基本的な概念を理解していない。 どうやって、暴力なしに紛争を解決するかを知らない。 どうやって、恐怖のない暮らしをするかを知らない。 どうやって、利己的でないふるまいをするかを知らない。 どうやって、無条件に愛するかを知ら
黄色のハイライト | 位置: 2,426
人類として最も偉大なヴィジョンのなかでも、最も偉大なヴィジョンを創造しなさい。それから、そのヴィジョンを支えている価値観と概念を学校で教えなさい。 たとえば、こんな 教科があってもいい……。 ①力の理解 ②紛争の平和的な解決 ③愛情ある関係の要素 ④個性と自己創造 ⑤身体と精神と魂…… これらはどう機能するか ⑥創造性の発揮 ⑦自己への誇りと喜び、他者の尊重 ⑧喜ばしい性的表現 ⑨公平 ⑩寛容 ⑪多様性と類似性 ⑫倫理経済学 ⑬創造的な意識と精神力 ⑭認識と目覚め ⑮誠実と責任 ⑯可視性と透視力 ⑰科学と霊
黄色のハイライト | 位置: 2,440
子供たちにはできるだけコアとなる概念を理解させなさい。日付や事実や統計数字を中心にするのではなくて、価値観を中心にした論理的構造を創りあげることに関心を向けさせ
黄色のハイライト | 位置: 2,449
いまのあなたがたの教育システムは答えを出すことを主にしている。だが、問いかけることを主眼にしたほうが、ずっと役に立つだろうに。誠実とはどういうことか? 責任感とは? 「公正」とは? ものごとの意味とは? 2+2が4だというのはどういうことか? どんな意味をもっているのか? 高度に発達した社会では、すべての子供たちに 自分で答えを見つけなさい、創りなさいと
黄色のハイライト | 位置: 2,474
ウォルドルフ・スクールという方式を勉強して
黄色のハイライト | 位置: 2,509
つまり「悪」とは、「自分はこうありたいという選択にてらして、あなたがたのためにならない」という意味
黄色のハイライト | 位置: 2,544
個人的な力の行使、個人的な創造性、熱心な創意工夫といったものがあれば、ひとは自分のめんどうは自分でみられると
黄色のハイライト | 位置: 2,556
倫理は法律では決められない。平等も義務づけられはしない。必要なのは、集合意識の 変革 であって、集団的良心の 押しつけ ではない。 行動は(法律も政府の施策もすべて)存在から生じるべき
黄色のハイライト | 位置: 2,598
大麻を使えば、一本の木も切らずに何百万部も新聞の日曜版を印刷することができる。ほかにも多くの原材料のかわりになるし、コストは一〇分の一ですむ。 肝心なのは、そこだ。 この奇跡のような植物──大麻は薬品にもなるしね──の栽培を許可すると、誰かが 損をする。だから、アメリカではマリファナが違法なんだ
黄色のハイライト | 位置: 2,608
あなたがたの社会では、おおぜいのひとのためになることでも、 誰かが巨大な利益をあげるのでなければ、無視さ
黄色のハイライト | 位置: 2,614
貧しい人びと はお金がなくて、ちゃんとした出産の介護を受けられないからだ。あなたがたの社会を 動かしているのは、利益だからね。これも、みじめな失敗の一例にすぎない。赤ん坊の死亡率が先進国のなかでもトップクラスだと知ったら、国民はもっと心配しそうなものだ。ところがそうではない。これを見ても、あなたがたの社会では何が優先されているかがよくわかる。ほかの国では、病人や困っているひと、老人、弱者にもっと親切だ。あなたの国では、金持ちや有力者、恵まれた立場にいる者が得をする。アメリカでは、老いて退職した者の八五パーセントは 貧しい暮らし をしている。そういう老人たちや低所得者のかかりつけの医師は、病院の救急センターだ。よほどの緊急事??

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神との対話 1巻 第二回目読了

まずは、おもしろい、と言っておこう。

人生は喜びであるべきだし、祝福であるべきなのに、恐怖や不安、「不足感」、嫉妬、怒り、悲劇の経験になってしまっている

メモ付きのKindle本:
新装版 神との対話1
ニール・ドナルド・ウォルシュ、吉田 利子
注釈の最終更新日: 2021年2月5日 金曜日
162 個のハイライト | 1 個のメモ
黄色のハイライト | 位置: 187
あなたをここに導いたのは、 あなた の人生だ。この対話はあなた自身にも重要な意義をもっている。そうでなければ、あなたはいま、こうしてこれを目にしてはいなかったはず
黄色のハイライト | 位置: 198
自分にとっての真実を知りたいと思ったときには、自分がどう 感じるかを探ってみれば
黄色のハイライト | 位置: 310
ある意味では、わたしではないものもすべてわたしなのだ。わたしは「わたしではない」 ところからやってきたのだし、つねにそこへ戻って
黄色のハイライト | 位置: 322
神は外からわかるかたちで、あるいは外界の現象を通じて出現するのではなく、そのひとの内的体験を通じて姿を現すのだから。内的体験を通じて現れるなら、外から見える姿は必要
黄色のハイライト | 位置: 334
あなたは求めるものを手に入れられないし、欲するものを得ることもできない。求めるというのは、自分にはないと言いきることであり、欲すると言えば、まさにそのこと──欲すること──を現実に体験することになる。 したがって、正しい祈りとは、求めたりすがったりすることでは決してなく、感謝である。 現実に体験したいと考えることを前もって神に感謝するというのは、願いはかなうと認めることだ……。感謝とは神を信頼することだ。求めるより前に神が応えてくれると認めることだ
黄色のハイライト | 位置: 357
つまり、何かを求めたり、願ったりしたら、望んだことがかなう可能性は非常に小さい。なぜなら、「欲求を陰で支えている思考」というのは、「望みはかなっていない」という思いだから。 そちらのほうが現実になるのだ。 支えとなる思考のなかで、「望みがかなっていない」という思いよりももっと力強いのは、「神は必ず求めるものを与えてくれる」という信念、それだけだ。その信念をもっているひともいるが、非常に少ない。 神があらゆる求めに応じてくれると信じるのはむずかしいが、 そもそも求める必要はないのだと直感的にわかっていれば、祈ることはずっとやさしくなる。そのとき、祈りは感謝の祈りになる。求めるのではなく、望みがかなっていることをすなおに感謝するように
黄色のハイライト | 位置: 373
神は人生というプロセスと生命そのものを創造し
黄色のハイライト | 位置: 374
だが、神はあなたがたが自由に選べる選択肢を、人生を好きなように生きる力を与え
黄色のハイライト | 位置: 418
深く探ってみれば、人間の行動には二つの動機しかない。 不安か、愛
黄色のハイライト | 位置: 509
あらゆる生命の目的はひとつしかない。あなたがた、そして生きとし生けるものすべての目的は、できる限りの栄光を体験する、ということ
黄色のハイライト | 位置: 515
最高の秘密は、人生とは発見ではなく創造のプロセスだということだ。 あなたがたは自分を発見するのではなく、自分を新たに創造していく。だから、自分が何者であるかを知ろうとするのは、もうやめなさい。そうではなく、何者になりたいかを考え、そうなろうと決意して努力し
黄色のハイライト | 位置: 523
それでは、何のためにこの世に生きているのですか?  自分が何者であるかを思い出すため、そして創りなおすため
黄色のハイライト | 位置: 529
学校とは、知らないことを教わりたいと思うとき、行くところだ。すでに知っていて、その 知識を体験したい というときに行くところではない。 (あなたがたの言う)人生とは、 概念として知っていることを体験的に知る機会 だ。 何も学ぶ必要はない。 すでに知っていることを思い出し、 それにもとづいて行動 すれば
黄色のハイライト | 位置: 537
自分が寛大であることを 知っていても、寛大さを示す何かをしなければ、概念にすぎない。 親切であることを知っていても、誰かに親切にしなければ、自意識があるだけだ。 自己についての偉大な概念を偉大な体験に変えたい、それが魂の唯一の望みだ。概念が体験にならない限り、推測にすぎない。わたしは長いあいだ、自分について推測をめぐらしてきた。あなたがたやわたしの記憶を合わせたよりもはるかに遠い昔から、この宇宙が宇宙の時間で経てきたよりも、もっと長く。これで、わたしがわたし自身を経験しはじめたのがどんなに最近か、わかるだろ
黄色のハイライト | 位置: 544
まずはじめにあったのは、「存在のすべて」、それだけだった。
黄色のハイライト | 位置: 549
さて、「存在のすべて」は、あるのは自分自身だけだと知っていたが、それだけでは充分ではなかっ
黄色のハイライト | 位置: 550
なぜなら、「存在するすべて」であることの絶対的なすばらしさを概念的には知っていたが、体験的には知りえなかったから。そこで、自らを体験したいと激しく望ん
オレンジ色のハイライト | 位置: 557
「存在のすべて」が知っているのはただひとつ、「ほかには何もない」ということだけだった。外側に比較対照するものがなければ、いつまでも自らを知ることはできない。「存在のすべて」には、そんな比較対照の基準がなかった。比較対照の基準が何かあるとすれば、それは内部にしかない。これが「すべてであって/ない」こと、「わたしであり/わたしでない」ということだ。 だが、「存在のすべて」は、自らを体験的に知ろうとした。 このエネルギー──純粋な、見えず、聞こえず、観察できず、したがってほかの誰も知りえないエネルギーは、自分のすばらしさを体験しようとした。そのためには、自分のなかにある比較対照の基準を使わなければならないと気づい
黄色のハイライト | 位置: 558
ない。「存在のすべて」には、そんな比較対照の基準がなかった。比較対照の基準が何かあるとすれば、それは内部にしか
オレンジ色のハイライト | 位置: 563
そこでいみじくも考えた。一部は全体よりも小さいはずだ。それなら自らを分割すれば、それぞれの部分は全体よりも小さいのだから、残る全体を振り返って、すばらしさを知ることができるだろう。 そこで、「存在のすべて」は自分を分割した。栄光の一瞬に、「これであるもの」と、「あれであるもの」とになった。はじめて、「これ」と「あれ」が分かれた。しかも、どちらも同時に存在している。また、「どちらでもないもの」も存在している。 こうして、突然に三つの要素が生まれた。ここにあるもの。あそこにあるもの。そしてここにもあそこにもないが、こことあそこが存在するためには存在しなければならないもの。つまり、あらゆるものを包みこむのは無である。空間を包含するのは、非空間である。部分を支えるのは全体で
黄色のハイライト | 位置: 573
さて、あらゆるものを包みこむ無、それをある人びとは神と呼ぶ。だが、これも正確とは言えない。そうすると、無ではないあらゆるもの、それは神ではないことになってしまう。わたしは──見えるものも見えないものも含めて──「存在の
黄色のハイライト | 位置: 586
定義づけられ、相対的になった。 神は、愛が存在するためには──そして純粋な愛である自分を知るためには──対照となるものが存在しなければならないことを知っていた。正反対のものが存在する必要があった。そこで、神は偉大なる極──愛の絶対的対極にあるもの、愛ではないあらゆるもの──を創りあげた。それが現在、「不安」と呼ばれるもの
黄色のハイライト | 位置: 593
あなたがたは、純粋な愛を人格化して神と呼び、恐るべき不安や恐怖を人格化して悪魔と呼ん
黄色のハイライト | 位置: 601
わたしであり/わたしでない」という等式の、わたしでない部分はさらに爆発して無数の小さい部分になった。このエネルギーのひとつひとつが、あなたがたが「 霊」と呼ぶもので
黄色のハイライト | 位置: 607
自分自身を分割したわたしの聖なる目的は、たくさんの部分を創って 自分を体験的に知ること だった。創造者が、「創造者である自分」を体験する方法は、ただひとつしかない。それは、創造することだ。そこで、わたしは自分の無数の部分に(霊の子供のすべてに)、全体としてのわたしがもっているのと同じ創造力を与え
黄色のハイライト | 位置: 610
あなたがたの宗教で、「人間は神の姿をかたどり、神に似せて創られた」というのは、そういう意味だ。これは、一部で言われているように物質的な身体が似ているということではない(神は目的に合わせて、どんな物質的な身体にもなることができる)。そうではなくて、本質が同じだという意味だ。わたしたちは、同じものでできている。わたしたちは、「同じもの」なのだ! 同じ資質、能力をもっている。その能力には、宇宙から物質的な現実を創出する力も含まれて
黄色のハイライト | 位置: 615
わたしがあなたがたを創造したのは、神としての自分を知るためだった。あなたがたを通してしか、知る方法がなかったからだ。したがって、あなたがたを創った目的は、あなたがた自身がわたしであることを知らせるためだったと言ってもいい(昔から何度もそう言われてき
黄色のハイライト | 位置: 685
そこに存在していたし、あなたがたもその世界からやってきたのだ。 絶対のなかでは知識があるだけで、体験はない。知っているというのは神聖な状態だが、最大の喜びは、何者かで「在る」ということのなかにある。「在る」ことは、体験してのちにはじめて達成される。「知る」こと、「体験する」こと、何者かで「在る」ことの順に発達し、進化する。これが聖なる 三位一体、神の三位一体で
黄色のハイライト | 位置: 690
父なる神とは、「知る」ことだ。すべての理解の親であり、すべての体験はそこから生まれる。知らないことは体験できない。 息子である神は、「体験」だ。父が自らについて知っていることを体現し、行動化する。体験しなければ、何者かで「在る」ことはできない。 聖霊としての神は「在る」ことだ。息子が体験したすべてを超越して、ただ存在する。単純に、このうえなくみごとに「在る」ということは、知ったこと、体験したことの記憶を通じてのみ可能になる。 単純に「在る」ということは至福である。神の状態、自らを知り、体験したあとの状態だ。これこそ、神がはじめから求めていたもので
黄色のハイライト | 位置: 786
あなたがたは大きな創造の機械であって、考えるのと同じ速さで新しいことを出現させて
黄色のハイライト | 位置: 787
出来事、事件、条件、環境、すべては意識から創造される。個々の意識はそれほど力強い
黄色のハイライト | 位置: 790
集団意識は全世界に広がり、全地球的な結果をもたらす出来事や環境を創造するほど大きな力が
黄色のハイライト | 位置: 798
「こんな目にあう」のは、何か、あるいは誰かのせいだと考えている限り、どうすることもできない。「わたしの責任だ」と言ったときはじめて、それを変え
黄色のハイライト | 位置: 800
自分がしていることを変えるほうが、他者がしていることを変えるよりずっと容易だ。 何ごとであれ、それを変える第一歩は、選んだのは自分だと認め、受け入れることだ。個人として責任があると思えなければ、わたしたちはすべて一体であるという理解を通じて、認めなさい。それから、間違っているからではなく、ほんとうの自分にふさわしくないからという理由で、変化させる努力をし
黄色のハイライト | 位置: 823
とき、自分は何者であるのかを決定する。 あなたがたは集団として、また個人として、魂の発達という目的に向かって、自分たちの人生と時を創造して
黄色のハイライト | 位置: 825
ないのか、とたずねた。答えはイエスだ。しかし表面的な経験には何も変化はないだろう。地上の経験や出来事に感じる苦痛を──自分の苦痛も他者の苦痛も──減らすには、 受けとめ方を変えればいい。 あなたがたは、外部の出来事を変えることはできない(出来事は多数によって創造されており、集団的に創造されたものを個人が変更できるほど、あなたがたの意識は成長していない)。だから、内的な経験を変えるしかない。これが、生きることの王道である。 どんなことでも、それ自体は苦痛ではない。苦痛は誤った思考から生まれる。考え方が間違っているの
黄色のハイライト | 位置: 916
どんな状況でも、それを問題だとは考えなくなるだろう。恐れおののくような状況にはぶつからないだろう。すべての心配や疑い、不安に終止符が打たれるだろう。あなたは空想のなかのアダムとイヴのように暮らすだろう。絶対の領域で身体から切り放された霊としてではなく、相対的な領域で身体をもった霊として暮らすだろう。それでもあなたはあらゆる自由と喜びと平和を味わい、いずれ霊としての智恵と理解と力が備わるだろう。充分に自分らしさを実現して生きられるだろう。 それがあなたがたの魂の目標である。身体をもっているあいだに、自分らしさを充分に実現すること、真の自分にふさわしい存在になること、それが目的である。 それが、わたしの計画、わたしの理想なのだ。わたしは、あなたがたを通じて自分を実現しなければならない。それによって、概念が体験となり、わたしは自己を体験的に
黄色のハイライト | 位置: 933
それでは、どうすれば自然の法則を知ることができるのですか。どうすれば、学べるのですか?  学ぶのではなく、思い出すのだ。  どうすれば、思い出せるんですか?  まず、静かにすることだ。外の世界を静かにさせて、内側の世界が見えてくるようにしなさい。この内側を見る力、洞察力こそあなたが求めるものだが、外部の現実に心をわずらわせていては決して得られない。だから、できるだけ内側へと入っていきなさい。内側へ入らないときには、内側から外の世界と向かいあいなさい。つぎの 箴言 を忘れないようにして──。 内側へ入っていかなければ、からっぽで出ていかなければなら
黄色のハイライト | 位置: 965
 それでは、魂は、どんな人生を経験するかを前もって選択しているというのですか?  いや、違う。それでは出会いの目的が損なわれてしまう。現在という栄光ある時に、経験を創り出すこと、したがって自らを創り出すことが魂の目的なのだから。だから、どんな人生を経験するのか、前もって選びはしない。 だが、経験を創り出すためのひとや場所、出来事は選ばれ、条件や環境、そしてチャレンジや障害、機会と選択肢も選ばれている。パレットの色、道具箱のなかの道具、作業場の機械は選ばれているのだ。それで何を創るかは、あなたがたの仕事だ。それが人生というものだ。 魂が何を選んでも、あなたがたには限りない可能性が開けている。あなたがたが限られたものと呼ぶ肉体に宿る魂にはどんなことも可能だ。ただあなたがたには、魂の課題が理解できないし、魂の意図もわからない。 だから、あらゆるひとと条件を祝福し、感謝しなさい。そうすることで、神の創造物の完璧さを認め、神への信頼を示しなさい。神の世界ではいきあたりばったりに起こることは何もないし、偶然もない。世界は、あなたがたが運命と呼ぶ気まぐれな選択に 翻弄 されてはいないのだ。 雪の結晶が完璧ならば、あなたがたの人生のすばらしさにも同じことが言えるとは思わない
黄色のハイライト | 位置: 1,006
「正しい」とか「間違っている」とかは、ものごとの本質ではなく、個人の主観的な判断だ。その主観的な判断によって、あなたは自らを創り出す。個人的な価値観によって、あなたは自分が何者であるかを決定し、実証
黄色のハイライト | 位置: 1,058
あなたがた自身の人生がいまのようになったのは、あなたがたのせい、あなたがたが何かを選択した、あるいは選択しなかったせい
黄色のハイライト | 位置: 1,089
た。彼は人類を永遠に救済するために、十字架にかかることを選んだの
黄色のハイライト | 位置: 1,092
イエスは憐れみ深かったから、誰もが天国にこられるように──自己を救済できるように──と願い、ほかに方法がないなら、イエスを通してひとが天国にこられるように、世界に衝撃を与えることを願ったのだ。彼は人類の悲惨と死を打ち破った。
黄色のハイライト | 位置: 1,100
考えることは、現実に
黄色のハイライト | 位置: 1,111
どうして、わたしはあなたを、あるいは自分を否定したがるのでしょう?  なぜなら、あなたがたは恐れているから。 あなたがたは不安だらけだ。なかでもいちばん大きいのは、わたしのいちばん大きな約束が人生最大の虚偽ではないかという不安だ。だから、あなたがたは自衛のために幻想を創り出す。力を与え、愛を保証する神の約束など、 悪魔の偽りの約束 に違いない、と主張する。神はそんな約束をするはずがない、そんなことをするのは悪魔だけだ、と自分に言い聞かせる。一方的に決めつけ、嫉妬し、復讐し、存在という存在を罰する恐ろしい悪魔、真の神を否定させようと誘惑する悪魔だけだ、と。 そんな神は悪魔と言うほうが(悪魔がいるとしたらの話だが)ふさわしいにもかかわらず、あなたがたは創造者である神にふさわしい約束を受け入れまいとして、あるいは自分に神と同じ資質があることを認めまいとして、 悪魔的な性質 の神を考える。 不安には、それほど大きな力が
黄色のハイライト | 位置: 1,130
感情は動いているエネルギーである。エネルギーが動くと、効果が表れる。大量のエネルギーが動けば、物質が創り出される。物質は凝集したエネルギーだ。動きまわり、押しあうエネルギーだ。長いあいだ、一定の方法でエネルギーを操作すれば、物質が得られる。〈マスター〉はすべて、この法則を知っていた。これは宇宙の錬金術だ。すべての生命の秘密だ。 思考は純粋なエネルギーである。あなたがたが考えること、考えたこと、これから考えることはすべて創造につながる。思考のエネルギーは、決して死に絶えない。あなたがたの存在を離れて宇宙へと向かい、永遠に広がっていく。思考は永遠だ。 すべての思考は、凝結する。すべての思考はほかの思考と出会い、信じがたいエネルギーの迷路で行き違い、言葉につくせないほど美しく、信じがたいほど複雑な、つねに変容しつづけるパターンを生む。 エネルギーは似たものどうしが引きつけあう。そして(単純な言葉を使えば)似たエネルギーの「かたまり」を創る。似たような「かたまり」がたくさん出会い、ぶつかりあうと、お互いに(これも単純な言葉を使えば)「くっつきあう」。こうして、考えられないほど 厖大 なエネルギーが「くっつきあう」と、物質ができる。 こんなふうに、物質は純粋なエネルギーから創られる。それどころか、物質ができるにはそれしか方法がない。エネルギーがいったん物質になれば、反対の、あるいは似ていないかたちのエネルギーに破壊されない限り、物質としてとどまる。この似ていないエネルギーは物質に働きかけて、それを解体し、その物質を創りあげていたエネルギーを放出する。 これが、あなたがたの原爆のもとになる理論の初歩的な説明だ。アインシュタインは、宇宙の創造の秘密を発見し、説明し、利用するのに、誰よりも(彼以前の時代も… エクスポートの制限に達したため、一部のハイライトが非表示になっているか、省略されています。
黄色のハイライト | 位置: 1,176
愛は究極の現実だ。それが唯一であり、すべてだ。愛を感じるということは、神を体験すること
黄色のハイライト | 位置: 1,181
この創られた現実はほんとうに現実的に見える。現実的に見せて、ほんとうに存在すると思わせるのが目的だからだ。この方法によって、神は自分以外の「べつの何か」を考案した(厳密な意味ではこれは不可能なのだが。なぜなら、神、すなわちわたしは「すべて」であるから)。 「べつの何か」、つまり相対性の領域を創造することで、わたしは、あなたがたが神であると言われるだけではなく、神であることを選択できる環境を創り出した。その領域で、あなたがたは概念ではなく創造行為として、神格を体験できる。 不安や恐れは 愛の対極 である。これが 第一の両極。 相対性の領域を創ったわたしは、まず自らの対極を創り出した。さて、あなたがたが暮らす物質的な領域には、 二つの在り方しかない と言った。不安と愛である。不安に根ざした思考が、ひとつの物質的な場を生む。愛に根ざした思考がもうひとつの場を生む。 地球に生まれた〈マスター〉たちとは、相対性の世界の秘密を発見したひとたちである。そして、それが現実だと認めなかったひとたちである。要するに〈マスター〉とは、愛だけを選択したひとたちである。あらゆる時に、あらゆる環境で、彼らは愛を選択した。 自分たちが殺されても、殺害者を愛した。迫害されても、迫害者を愛した。 このことを理解するのは非常にむずかしいだろうし、まして見習うことはできにくいだろう。だが、〈マスター〉はすべてそうしてきた。哲学はどうでもいいし、伝統も、宗教もどうでもいい。すべての〈マスター〉は愛だけを選んだの
黄色のハイライト | 位置: 1,201
答えは愛、それが真理
黄色のハイライト | 位置: 1,246
わたしは何も嫌いはしない。反感をもたない。すべては生命であり、生命は贈り物だ。 言葉にならない宝物、聖なるもののなかの聖なるものなのだよ。 わたしは生命だ。生命はわたしだから。生命のすべての面に、聖なる目的がある。どんなものにも神が理解し、肯定した理由が
黄色のハイライト | 位置: 1,267
善悪についてのあなたがたの考え、それもあなたがたをかたちづくり、創造する思考のひとつだ。その思考を変える理由はひとつしかない。あなたがたが、「そう考えている自分」では幸福ではないときだけだ。 あなたが幸福かどうか知っているのは、あなただけである。あなただけが、自分の人生について──「これはわたしの創造物である。わたしはとても満足している」と言うことができる。 あなたの価値観が自分に役立つなら、大事にしなさい。これがわたしの価値観だと言い、まもるために闘い
黄色のハイライト | 位置: 1,329
第一に、栄光のなかでわたし自身を体験することを願った。 わたしが何者であるかを知ることを願った。あなたがたを、そして宇宙の世界すべてを創り出す前には──それは不可能だった。 第二に、あなたがたに「自分で選んで創造し、体験する」という力を与えて、 真の自分を知って体験させようと願った。 第三に、生命のプロセスのすべてがたえまない喜びと創造の体験であり、終わることのない拡大で、一瞬一瞬が充分に満たされることを願っ
黄色のハイライト | 位置: 1,339
自分の価値観に従いなさい。それが役に立つと思うあいだは。ただし、その価値観が役に立っているかどうか、最も気高く、すぐれた考えを体験する場を与えてくれているかどうか、思考と言葉と行動を通じて、点検し
黄色のハイライト | 位置: 1,413
①わたしの人生はいつになったら、上向くのでしょうか。「うまくいく」ため、わずかな成功でもいいから達成するためには、何が必要なんでしょうか? もうあがきつづけなくていいという日はくるんでしょうか? ②いつになったら、人間関係がわかって、円滑な関係を結べるようになるでしょうか? 幸せな人間関係を結ぶ方法があるのでしょうか? 人間関係というのは、いつまでも課題なのですか? ③わたしはどうしても金に困らない暮らしができないようですが、なぜなのでしょう? 一生あくせくする運命なんでしょうか? 自分の可能性を充分に実現できないのだとしたら、何がじゃましているんでしょうか? ④どうして人生でいちばん したい ことをしながら、暮らしていくことができないのでしょうか? ⑤いま抱えている健康上の問題は、どうすれば解決できるでしょうか? 一生続くほどの慢性的な問題を抱えこんでいます。どうして、こんなことになってしまったのでしょうか? ⑥わたしがこの世で学ぶべき 因果 の教訓は何なのでしょうか? わたしは、何を克服しようとしているのでしょうか? ⑦ 輪廻 転生 ということはあるんでしょうか? わたしは過去に何度くらい生まれ変わったのでしょうか? 過去の生でわたしは何だったのでしょうか? 「因果応報」というのは真実ですか? ⑧ときどき、自分が超能力者のような気が強くするんです。「超能力者」というのはいるんでしょうか? わたしがそうなのですか? 超能力者だと主張するひとたちは、「悪魔と交流」しているんですか? ⑨良いことをしてお金をもらってもいいのでしょうか? たとえばこの世でひとを癒す仕事を選んだとして──これは神の業ですね──その仕事で金持ちになってもいいのでしょうか? それともこの二つは両立しないんでしょうか? ⑩セックスはいいことですか? この人間体験の陰にあるほんとうの… エクスポートの制限に達したため、一部のハイライトが非表示になっているか、省略されています。
黄色のハイライト | 位置: 1,449
わたしはあなたがたが選んだとおりのものをもてるように ── 創造できるように ── するために、宇宙に法則をうちたてた。この法則は破ることができないし、無視することもできない。たったいま、これを読んでいるときにも、あなたがたは、その法則に従っている。法則に従わずにいることはできない。ものごとはその法則に従って動くのだから、その法則を回避することもできないし、法則に反する動き方もできない。 人生の一瞬一瞬がすべて、その法則のなかで動いている──そして、あなたが経験してきたことはみな、この法則によって創造したこと
黄色のハイライト | 位置: 1,475
思考が創造の最初の段階。 つぎに言葉がくる。あなたが言うことはすべて、考えたことの表れである。言葉は創造につながり、創造のエネルギーを宇宙に放出する。言葉は思考よりダイナミックだ(より創造的だと言っていい)。なぜなら、言葉と思考は波動のレベルが異なる。言葉は思考より大きな衝撃を与えて宇宙をゆるがす(変化させ、改め、影響を及ぼす)。 言葉が創造の第二の段階。 つぎに行為がくる。 行為は動いている言葉である。言葉は考えたことの表れである。考えるとは思いをかたちづくること、思いとはエネルギーの集まりである。エネルギーは放出された力である。力は実在の要素である。要素は神の分子で、すべての成分であり、あらゆるものの実体で
黄色のハイライト | 位置: 1,486
すべて、聖なる計画の一部なのだ。あなたがたが、真の自分をすでに実現しているとしたら、真の自分を主張することも、創造することも、体験することもできない。まず神であるわたしとのつながりを捨て(否定し、忘れ)なければ、それを創造して──呼び出して──体験することはできない。あなたがたの最大の望み──神であるわたしの最大の欲求──は、あなたがたが神の一部としての自分を体験することだ。あなたがたは一瞬一瞬に新たな自分を創造し、自分自身を体験しつづけている。わたしもそうだ。あなたがたを通じて自らを体験している。 あなたがたは、神のパートナーなのに、その意味がつかめないのか? それは神とあなたがたの聖なる協力である──聖なる一体化である。 そこで、あなたの人生が「上向く」のは、あなたがそう選択したときだ。あなたはまだ、その選択をしていない。あなたはずるずると先に延ばし、遅らせ、抵抗してきた。もう、約束されたことをはっきりさせ、実現するべき
黄色のハイライト | 位置: 1,494
そのためには、約束を信じ、そのとおりに生きなければならない。 神の約束どおりに生きなければならない。 神の約束とは、あなたが神の息子であるということだ。あなたは神の子孫、神のごときもの、神と対等な存在
黄色のハイライト | 位置: 1,504
神である自分らしく考え、話し、行動し
黄色のハイライト | 位置: 1,522
からだ。あなたは苦痛を終わらせ、苦しみを終わらせ、幻想に終止符を打ちたいと願う。あなたは、いまのような世界にはうんざりしている。新しい世界を求める。 だが、もう求めるのはやめなさい。 新しい世界を呼び出し
黄色のハイライト | 位置: 1,546
あなたの高いヴィジョンにそぐわない考えが浮かんだら、そのとき、その場で「新しい考え」に変えなさい。立派な考え方にそぐわないことを言ってしまったら、二度とするまいと心に銘記しなさい。最善の意図にそぐわないことをしたら、これを最後にしようと決意しなさい。そして、できれば関係者たちに訂正してまわり
黄色のハイライト | 位置: 1,561
破産したときは破産したときだ。それを偽ってもしかたがないし、認めまいと物語をでっちあげてもむだだ。だが、あなたは「破産は悪いことだ」「恐ろしいことだ」「自分は悪い人間だ。良い人間なら一生懸命働くし、 破産なんかすまい と努力するだろうに」などと考える。その考えが、「破産」の経験を支配する。「わたしは破産した」「一文無しだ」「もう金がない」というあなたの言葉によって、破産している期間が決まる。それをとりまく行動が──自分を憐れんだり、落ちこんだり、「どうせ、だめなんだ」と思って、脱出の道を探そうとしないことが──破産という現実を長びか
黄色のハイライト | 位置: 1,566
宇宙には「良い」状況も「悪い」状況もないことを第一に理解しておくべきだ。すべてはあるがままにすぎない。だから、価値判断はやめ
黄色のハイライト | 位置: 1,568
第二に、すべての 状況は一時的だ。どんなこともいつまでも同じままではいないし、静止してはいない。どちらの方向へ変わるかはあなたしだい
黄色のハイライト | 位置: 1,570
またじゃまをしてすみませんが、それじゃ、たとえば病人がいて、山をも動かすような信念をもっていて、きっと良くなると信じ、口にもしていたのに……六週間後に亡くなったという場合はどうなんですか? これはその前向きのプラス思考、積極的な行動にあてはまるんです
黄色のハイライト | 位置: 1,577
「山をも動かす」信念の持ち主が六週間後に死んだのなら、そのひとは六週間、山を動かしたのだ。彼にとっては、それで充分だったのだろう。彼はその最期の日の、最期の時間に、「オーケー、もう充分だ。つぎの冒険に進もう」と決めたのではない
黄色のハイライト | 位置: 1,615
発達進化することが魂の目的であることははっきりして
黄色のハイライト | 位置: 1,636
魂が追求しているのは──想像しうる限りの最高の愛の感情だ。これが魂の欲求、目的
黄色のハイライト | 位置: 1,637
魂は感じようとしている。愛を知ろうとしているのではなく、感じようとして
黄色のハイライト | 位置: 1,638
最高の感情は「すべてである」存在と合体する経験だ。それは真実へとかえることであり、魂が切望… エクスポートの制限に達したため、一部のハイライトが非表示になっているか、省略されています。
黄色のハイライト | 位置: 1,639
完璧な愛とは色のなかの完璧な白のようなものだ。多くのひとは白とは色がないことだと考えているが、そうではない。あらゆる色を含んでいるのが白だ。白は存在するあらゆる色が合体したものだ。 だから、愛とは感情──憎しみ、怒り、情欲、嫉妬、 羨望 など──がないことではなく、あらゆる感情の総和だ。あらゆるものの集合、すべてである… エクスポートの制限に達したため、一部のハイライトが非表示になっているか、省略されています。
黄色のハイライト | 位置: 1,645
自分が理解できないことに、共感できるだろうか。自分が経験しなかったことについて、他人を許せるだろうか? そう考えれば、魂の旅がどんなに単純で、しかもすごいものかがわかるだろう。そこでようやく、魂が何をめざしているかが理解できるはずだ。 人間の魂の目的はすべてを経験すること、それによってすべてになりえることだ。 一度も下降したことがなければ、どうして上昇できるだろう? 一度も左になったことがなくて、どうして右になれるだろう? 冷たいということを知らなければ、どうして温かくなれるだろう? 悪を否定していたら、どうして善になれるだろう? 選択肢がなければ魂は何も選べない。魂が偉大さを体験するためには、偉大であるとはどういうことかを知らなければならない。そこで魂は、偉大さは偉大でないところにしか存在しないと気づく。だから、魂は偉大でないものを決して非難しない。それどころか祝福する。そこには自らの一部、別の一部が現れるために必要な一部があるから。 もちろん、魂の使命はわたしたちに偉大さを選ばせること──選ばなかった部分を非難せず、最善の自分を選ぶようにさせることだ。こんな大きな使命を果たすには、いくつもの生涯が必要だ。あなたがたはすぐに批判しようとし、自分が選ばなかったものを祝福しないで、ものごとを「間違っている」とか「悪い」とか「充分ではない」と決めつけたがる。非難するよりも、… エクスポートの制限に達したため、一部のハイライトが非表示になっているか、省略されています。
黄色のハイライト | 位置: 1,667
癒すというのは、すべてを受容し、それから最善を選ぶというプロセスだ。それは理解できるだろうか? 神のほかに何もなければ、神を選択することはでき
黄色のハイライト | 位置: 1,672
 あなたの魂は最高の感情を求めている。完璧な愛を体験したい、完璧な愛でありたいと願っている。 魂は完璧な愛であり、自分がそうであることを知っている。だが、「知っている以上のこと」を求めている。完璧な愛を体験している魂になりたがって
黄色のハイライト | 位置: 1,690
自分と自分が欲するもののほとんどは悪だ、という確信だ。そうやって自分を批判し、自分の使命は向上することだと決意している。 念のために言えば、そんなやり方でもかまわない。いずれにせよ、目的地は同じだ。ただ、もっと早い近道があるんだよ。  近道とは?  いますぐに、自分自身を受け入れ、それを実証すること。 イエスはそれをした。それが仏陀の道であり、クリシュナの道、地球上に現れたすべての〈マスター〉の道だ。 そして、すべての〈マスター〉は同じメッセージを送ってきた。あなたもわたしと同じだ。わたしにできることは、あなたにもできる。それ以上のことができる、
黄色のハイライト | 位置: 1,701
あなたがたは善であり、慈悲であり、同情であり、理解だ。あなたがたは平和であり、喜びであり、光だ。あなたがたは赦しであり、忍耐であり、力であり、勇気であり、苦しいときの援助者であり、悲しいときの慰め手であり、傷ついたときの癒し手であり、迷ったときの教師だ。あなたがたは最も深い智恵と真実、最も偉大な平和と愛だ。 あなたがたはそういう者なの
黄色のハイライト | 位置: 1,719
神は大きいから、目標から外れたりはしない
黄色のハイライト | 位置: 1,731
ばかばかしい。あなたがたには、いまこの瞬間に世界の飢餓を終わらせ、いますぐに病を癒す力が備わって
ピンク色のハイライト | 位置: 1,745
は、『奇跡の
黄色のハイライト | 位置: 1,752
生きているのではなく、創造するために生きている。自分ではわかっていないだろうが、あなたがたは、一瞬一瞬、自分の現実を創造している。私はくり返し、そう話してきた。 どうしてそうなるのか、どんなふうに創造しているのかをまとめてみよう。 ①わたしは神の姿をかたどり、神に似せて、あなたがたを創造した。 ②神は創造者だ。 ③あなたがたは三つが一体になった存在だ。その三つをどう呼んでもいい。父と子と聖霊でもいいし、精神と身体と霊魂でもいいし、超意識と意識と無意識でもいい。 ④創造とはその三つの部分から生ずるプロセスである。言い換えれば、あなたがたの創造には三つの段階がある。創造の道具は思考、言葉、行為だ。 ⑤すべての創造は思考から始まる(「父から生じる」)。すべての創造はつぎに言葉になる(「求めなさい、そうすれば与えられるだろう。話しなさい、そうすれば成就するだろう」)。すべての創造は行為によって成就される(「言葉はひととなって、わたしたちのあいだに住まわれた」)。 ⑥あなたが考えるだけで言葉に出さなくても、ひとつの段階での創造だ。考えて言葉にすれば、もうひとつの段階での創造になる。あなたが考え、語り、行動すると、具体的な現実になる。 ⑦ほんとうは信じていないことを考えたり、語ったり、行動したりすることはできない。だから、創造のプロセスには信念、つまり知るということが含まれる。絶対的信頼だ。願うだけでなく、確実にそうなると知っていなければならない(「あなたは信仰によって癒される」)。したがって、創造行為には、つねに知識が含まれる。何かを身体で理解し、まるごと確信する、「完全に受容する」ということだ。 ⑧そこまでわかっていれば、強い感謝の気持ちが生まれる。感謝せずにはいられない。それがたぶん、創造の最大の 鍵 だ。創造が具体化… エクスポートの制限に達したため、一部のハイライトが非表示になっているか、省略されています。
黄色のハイライト | 位置: 1,785
人生を「上向かせる」には、まず人生についての考えを明確にしなければならない。どうなりたいのか、何をしたいか、何が欲しいのか、よく考えなさい。はっきりするまで、考えなさい。そして、はっきりしたら、今度はほかのことは考えず、ほかの可能性を想像しないことだ。 否定的な考えは頭から追い出しなさい。悲観主義を一掃しなさい。疑いを捨てなさい。不安を拒否しなさい。最初の創造的な考えをしっかりつかんで放さないように心を鍛えなさい。 あなたの考えがはっきりした確かなものになったら、それを真実として語りなさい。はっきりと声に出しなさい。創造の力を呼び出す偉大な号令を使いなさい。「これがわたしである」という号令を。 ほかのひとに、「これがわたしである」と宣言しなさい。「これがわたしである」というのは、宇宙で最も力強い宣言だ。あなたが何を考え、何を語るにしても、「これがわたしである」という言葉をきっかけにものごとが動き、体験できるようになる。 宇宙が動く仕組みはそれだけだ。ほかに道はない。宇宙は「これがわたしである」という言葉に応える。瓶から現れる魔法使いが指示に従うよう
黄色のハイライト | 位置: 1,802
第一段階は、自分の考えを見張ること。自分は何を考えているのだろうと考える習慣をつけることだ。 否定的なことを考えているのに気づいたら──高い思想を否定するようなことを考えていたら──考えなおしなさい! わたしの言葉どおりにしなさい。ふさいだり、落ちこんだりしていると思ったら、そしてそんなことをしていても何にもならないと思ったら、考えなおしなさい。世界はいやなところだ、いやな出来事だらけだと思ったら、考えなおしなさい。人生はめちゃくちゃだ、もうだめだと思ったら、考えなおし
黄色のハイライト | 位置: 1,826
真剣に考えれば、誰でも神への道はわかる。誰でも心からの真実を見いだせる。 精神の旅を通じてではなく、あなたの心の道を通ってわたしのところへきなさい。精神では、決してわたしは見つから
黄色のハイライト | 位置: 1,831
十戒などというものは
黄色のハイライト | 位置: 1,844
モーセもいまのあなたのように、わたしの前に立ち、答えを乞う
黄色のハイライト | 位置: 1,854
あなたがたはもはや人間の愛も、成功も、金も、力も、いかなるシンボルも崇拝しない。あなたがたは、子供が 玩具 をわきへ押しやるように、それらを押しのける。それらに価値がないからではなく、あなたがたが成長して、それらを「卒業した」から
黄色のハイライト | 位置: 1,883
隣人の配偶者を欲しない。他者はすべて自分の配偶者であることを知っているとき、なぜ隣人の配偶者を欲しなければならない
黄色のハイライト | 位置: 1,884
⑩隣人の財物を欲しない。すべての財物は自分のものとなりえること、あなたのすべての財物は世界のものであることを知っているとき、なぜ隣人の財物を欲しなければならない
黄色のハイライト | 位置: 1,923
知らないことは経験できない。そして、あなたはいま、ここで「天国」を経験していないから、それを知らない。悪循環だ。知らないことは経験できない──その術をまだ見いだしていない──し、経験できないことは知ることができない。 悟りとは、経験していないことを知ること、それによって経験するということだ。知ることによって経験への扉が開かれる ── そして、たぶん
黄色のハイライト | 位置: 1,928
実際には、あなたがたは経験しているよりずっと大きなことを知っている。ただ、自分が知っていることを知らないだけなのだ。 たとえば、あなたがたは神がいることを知っている。だが、それを知っていることを知らないかもしれない。そこで、あなたがたは経験を待ってうろうろしつづける。ところがその間ずっと、経験し
黄色のハイライト | 位置: 1,931
いるのだ。しかし、そうとは知らずに経験している。それではぜんぜん経験していないのと同じ
黄色のハイライト | 位置: 1,936
つきつめればあらゆる魂は真実でないものを捨てるし、あなたが送っている人生での真実とは、わたしとの関係だけだ
黄色のハイライト | 位置: 1,939
欲望を克服しなければならないと教えるひとがいる。だが、わたしは、ただ欲望を変えなさいと
黄色のハイライト | 位置: 1,941
神を知るためには、あらゆる現世的な情熱を克服しなければならないと教えるひとがいる。だが、そうではない。現世的な情熱を理解し、受け入れるだけで充分だ。 抵抗すれば、相手はかえって強くなる。見つめれば、相手は
黄色のハイライト | 位置: 1,946
自分が情熱を感じるものを批判しないこと。ただ、それに気づき、どんな自分になりたいかを考えたとき、なりたい自分になるのに役立つかどうかを見きわめ
黄色のハイライト | 位置: 1,948
あなたがつねに自分を創造しつづけている存在であることだ。それは主として、自分が情熱を感じるひとやものに関する選択を通じて行わ
黄色のハイライト | 位置: 1,956
悟りとは情熱を否定することではない。結果への執着を否定することだ。情熱は行為への愛である。行為は「ある在り方」を経験することだ。それで、行為の一環として何が生まれるか? 期待だ。 期待なしに人生を生きること──具体的な結果を必要とせずに生きること──これが自由である。これが神性である。これが、わたしの生き方で
黄色のハイライト | 位置: 1,973
神が(あるいはあなたがたのなかの神が)愛すれば、神自身はそれで実現されるから、それ以上は何も必要が
黄色のハイライト | 位置: 1,976
情熱」ではない。「期待」である。 これが人間の不幸の最大の原因である。それが神と人間の違いで
黄色のハイライト | 位置: 1,988
目を開いて見つめれば、相手は消える。 相手は幻想という実体をさらけ出す。 あなたが何かを見つめれば──ほんとうに見つめれば──相手を見透かし、それが幻であると見抜くから、究極の現実以外は何も残らない。究極の現実の前には、小さな幻想など何の力もない。相手は弱くなった手であなたをとらえておくことができなくなる。あなたは相手の「真実」を見きわめ、それによって自由に
黄色のハイライト | 位置: 2,019
人生の意味とは、どこかに行き着くことではない ── 自分がすでに、そこにいること、これまでもずっとそこにいたし、いつもいると気づくことである。あなたがたはいまもこれからもつねに、純粋な創造の過程にある。人生の意味とは創造である。自分を創造し、それを経験することで
黄色のハイライト | 位置: 2,143
「魂のゲームをしている」とはどういうことか、 はっきりさせよう。それは 精神と身体と魂をあげて、神の姿をかたどり、神に似せて自己を創出するプロセスに没頭すること
黄色のハイライト | 位置: 2,167
ほかの人間の魂への責任はないこと、すべての魂が安らかであれと願うのは立派だが、それぞれの魂が自らの運命を選ぶべきだし、選んでいるのだということが理解
黄色のハイライト | 位置: 2,250
人生はつねにあなたの思考の結果
黄色のハイライト | 位置: 2,255
あなたの人生はあなたの意図するとおりに進んでいくのだ
黄色のハイライト | 位置: 2,270
わたしが生み出したもの、生命を与えたものはすべて完璧だからである。生きとし生けるものはすべて、完璧さの完璧な反映であり、わたしの姿をかたどって、わたしに似せて創られて
黄色のハイライト | 位置: 2,283
すべての文章が理解できるまで。すべての言葉を覚える
黄色のハイライト | 位置: 2,316
人間関係の目的は、自分自身のどの部分を「明らかに」したいかを決定することであって、相手のどんな部分を把握し、つかまえておきたいかを決めることではない。 人間関係の目的はひとつしかない──それは、人生のすべてに言えることだ。目的は、ほんとうの自分は何者であるかを決め、ほんとうの自分になること、それで
黄色のハイライト | 位置: 2,348
人間関係では、それぞれが他者について心をわずらわせるのではなく、ただただ自分について心をくだくべき
黄色のハイライト | 位置: 2,356
最も愛情深い人間とは、最も自己中心的な人間
黄色のハイライト | 位置: 2,385
あなたがたは発達進化し、自分自身になっていく存在である。そして、あなたがたはあらゆるものとの関係を活用して、何者になるかを決定する。 その仕事のためにあなたは生まれてきた。それが、自分を創造する喜びである。自分を知る喜び、意識的に自分が望む自分になる喜びである。それが、意識的に自分自身になっていくということである。 個人的な人間関係は、このプロセスの最も重要な要素だ。したがって個人的な関係は聖なる土壌である。他者とは何の関係もないが、しかし他者を巻きこむから、すべては他者とかかわって
黄色のハイライト | 位置: 2,391
したがって、「自己中心的な者に幸いあれ、なぜなら、彼らは神を知るからである」と言っても、決して極端な教えではない。自分自身の最も気高い部分を知るということ、そしてそこにとどまるということは、立派な人生の目的
黄色のハイライト | 位置: 2,440
〈マスター〉はほかの者なら災厄だと思う目にあっても動じない。〈マスター〉は災厄を祝福する。災難のたねから(そしてすべての経験から)自己の成長が生まれることを知っている。〈マスター〉の人生の第二の目的は、つねに成長することだ。完全に自分を実現したら、残っているのは、さらに成長することだけだ
黄色のハイライト | 位置: 2,460
あなたは不安ではなく愛だから。愛は何の保護も必要としないし、失われることも
黄色のハイライト | 位置: 2,479
他者のためにすることは、自分のためにすることである。 なぜなら、あなたと他者とはひとつだ
黄色のハイライト | 位置: 2,491
他者を基準として「正しいことをしよう」と努力したひと──すぐに赦し、同情を示し、ある種の問題やふるまいを見過ごしつづけてきたひとたちは、結局は神を恨み、怒り、信じなくなった。
黄色のハイライト | 位置: 2,494
神は、あなたが愛する相手に自分自身も含めるようにと求めているだけである。 神はさらに先へ進む。神は、自分を第一に考えることを提案し、勧めている。 あなたがたのなかにはこれを冒瀆と呼ぶ者がいること、したがってこれは神の言葉ではないと言う者がいること、さらには、神の言葉であると受け入れたうえで自分自身の目的のためにねじまげて解釈し、神意にかなわない行動を正当化する者がいることも、よくわかっている。 気高い意味で自分自身を第一に考えるなら、決して神意にかなわない行動をするはずはない。 したがって、自分のために最善のことをしようとして、神意にかなわない行動になるなら、問題は自分を第一としたことではなくて、何が最善かを誤解したことに
黄色のハイライト | 位置: 2,676
難題や困難を避けようとしてはいけない。難題や困難を歓迎しなさい。心から歓迎しなさい。神からの偉大な贈り物だと思いなさい。ほかとの関係のなかで──そして人生で──するべきことができる栄えある機会だと思うこと
黄色のハイライト | 位置: 2,792
失敗はありえない」ということがはっきりする。失敗はしないと、確認できる。「必要なだけのチャンス」がいくらでも与えられることがわかる。あなたは何度でもこの世に戻ってこられる。あなたがつぎの段階に到達できるなら、つぎのレベルまで発達するなら、そうしなければならなかったからではなく、自分でそう望んだからだ。 あなたには、こうしなければならないということは何もない! いまのレベルで人生を楽しんでいるなら、これが自分にとって最終段階だと思うなら、この経験を何度でもくり返せばいい! 実際、あなたは何度も何度もくり返してきた。自分が望んだからだ! あなたはこの人生のドラマを愛している。苦痛を愛している。秘密を、「知らない」ということを、サスペンスを愛している! あなたはそんなすべてを愛している! だから、いまあなたはこうしてこの世にいるの
黄色のハイライト | 位置: 2,813
何百回もだ。  何百回も? わたしは、もう何百回も生きてきたのですか?  そう。  それなのに、ここまでしかこられなかった
黄色のハイライト | 位置: 2,815
そうでもない。かなりのところまできている。  そうなんですか?  そうだとも。なにしろ、過去の生では、あなたはひとを殺しているのだ
黄色のハイライト | 位置: 2,904
なんだって? 自分自身で考えるんだって? 自分自身で決定するんだって? 自分の物差しで、自分の判断で、自分の価値観で決めるんだって?  いったい何様のつもりなんだ? そう、おまえは何者か、という問いにあなたは答えることに
黄色のハイライト | 位置: 2,955
これ以上、どんなすてきな体験があるんだね? あなたはすべてを経験させてもらえる。涙も、楽しさも、苦痛も、喜びも、昂揚も、激しい憂うつも、勝利も敗北も、引き分けも経験できる。これ以上、何がある?  そうですね、もう少し苦痛が少なければ。  苦痛を少なくし、智恵も減らしたのでは、目的が損なわれる。そんなことをしたら、あなたは限りない喜びを体験できなくなる。それこそが「わたし」なのに。 もうちょっと辛抱しなさい。あなたは智恵を得ている。もう、苦痛なしに喜びを増やしていくことができる。それも、非常に良い兆候
黄色のハイライト | 位置: 3,036
ない。宇宙というのは、巨大なコピー機にすぎない。あなたの考えを何枚もコピーするだけだ。すべてを変える方法はひとつだ。あなたの考えを変えるしか
黄色のハイライト | 位置: 3,056
あなたは、自分がどうしていまのような考え方をするようになったか、わかるのか? 世界があなたの精神を操作して、いまのような考え方をさせているのを知らないのか?  世界に精神を操作されるより、自分で操作するほうが良くはないか? ひとがこう考えさせたいと思う考え方をするより、自分がこうありたいと思う考え方をするほうが良くはないか? 外部に反応するだけよりも、創造的な考えを身につけるほうが良くはない
黄色のハイライト | 位置: 3,060
ところが、あなたの心はほかへの反応でしかない思考で満ちている。他者の経験から生じた考えだ。自分自身のデータにもとづいた考えはごく少ないし、こうありたいという自分の希望にもとづいた考えはさらに少ない。 あなたの金に対する考え方の根本にある思考が良い例だ。金は「悪いものだ」という考えは、あなたの経験──「金があるのはすばらしいことだ!」と真っ向から対立する。そこで、あなたは自分をごまかし、根にある考えを正当化するために、経験のほうが間違っていると自分をだまさなければならなくなる。 その思考があまりにしっかりと根を張っているので、金に対する考えのほうが不正確なのかもしれないとは思いつかない。 あなたにいま必要なのは、自分自身のデー夕を見つけることだ。そうすれば根にある考え方が変わり、自分の考えを根にすることが
黄色のハイライト | 位置: 3,120
根となっている考えを変えたいと思うなら、新しい考え方に従って行動しなさい。だが、急いで行動しなくてはいけない。そうしないと、気づいたときには精神がじゃまをして新しい考えを殺してしまう。文字どおり、殺してしまうのだ。新しい真実は、あなたが知らないうちに死んでしまう。 だから、機会があったら急いで行動しなさい。それを何度もくり返せば、やがてあなたの精神は新しい考えを身につけるだろう。それがあなたの新しい考えになるだろ
黄色のハイライト | 位置: 3,243
真のマスター〉は、暮らしをたてることではなく、生きることを選んだひとたち
黄色のハイライト | 位置: 3,246
は、世間的な財産と成功に関心がなくなったとたんに、それがふんだんに流れこんでくる道が開けるという
黄色のハイライト | 位置: 3,280
したがって、「わたし」+「成功したい」で、成功したがっているあなたが??

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比較スピリチュアリズム思想

比較スピリチュアリズム思想をしたためてみるのはいいかもしれない。

スピリチュアリズム思想の代表としていくつかある。
神との対話、シルバーバーチの霊訓、霊の書、などなど
これらを比較検討作業を行うべきであろう。

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「神との対話」ニール・ドナルド・ウォルシュ著

神との対話を全3巻読みました。
また、何回か読んでいきます。
要点は
・宇宙、ヒト、全ての生命、物質はひとつのものである、
・起きたことには善悪はない。
起きたことを、どう解釈するか
個々人が紡いでいく物語、解釈、幻想の中で生きるのが、人生。

序文
神 は、 自分 の 欠点 を 許し なさい、 恐怖 と 罪悪感 を いだい て 生きる のでは なく、 つねに より 大きな ヴィジョン に 向かっ て 生きる 努力 を 続け なさい と 励まし て いる。   神 が すべて の ひと に そう 望ん で いる

ニール・ドナルド・ウォルシュ. 新装版 神との対話1 (Kindle の位置No.97-99). 株式会社サンマーク出版. Kindle 版.

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シルバーバーチとスワッファー

シルバーバーチの存在をより確かにするために、スワッファーを調べることが必要と思います。

スワッファーは辛口のジャーナリスト。世間にオモネルことなく、自説を唱えた人といいます。
そんな人が説明するシルバーバーチの振る舞い、これは、信用できるのではないだろうか。
スワッファーの「MY GREAT STORY」を訳していこうとおもいます。

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「ゴードンより愛をこめて」グレース・ローシャー著

「ゴードンより愛をこめて」グレース・ローシャー著をはじめ、類書がある、ある一面だけを述べているのだろう、

この本では、イエスと会ったことが述べられている、P68、これは、あやしい、、他の情報と合致しない、

シュターナーの難解な書物以外に、このような読みやすい類書がある、この類書の共通点をみいだすこともやる価値があるだろう

p74 ダンケルクの謎、モンスの奇跡が霊界からの働きかけ、という、、、ふーん

p160 カルマは無い、

p161 地上の世界に帰ることは尋常ではない、特例、

p163 生まれる前は未経験の霊だと思う

p167- 超短波で霊界と通信できるようになる、

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シュタイナーの宇宙進化論

シュタイナー教育信奉者においても、シュタイナーの宇宙進化論は避けられるテーマらしい。

 

確かに、アトランティス人、亜人種、土星紀、、、などと謂われると、目まいがする、

ただ、本当にシュタイナー教育を理解するには、シタイナーの全思想を理解しなければならないのだろう。

宇宙進化、人類進化、も含めて、

シュタイナー思想研究家は少ない、半田広宣、大野章、福田秀樹、、くらい

(「シュタイナー思想とヌーソロジー: 物質と精神をつなぐ思考を求めて」共著者)

シュタイナーの常識はずれの宇宙進化、人類進化、の考えは、ブラバツキーの神智学、の影響を受けていると思われる。

ブラバツキーの著書、シークレット ドクトリン、そのもとになった、チベットの秘伝、、、

どんどん、ナンデモ世界にはまってしまいそう、

そんなに時間が残されていない私が、そんな世界を探訪するのは時間の無駄に終わってしまうのではないかと懼れる。

 

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「神秘学概論」宇宙の進化で土星紀、太陽紀、、とかいわれても

「神秘学概論」宇宙の進化で土星紀、太陽紀、、とかいわれても、そこから進めない、シュタイナーは信頼がおけるのだが、ここに至ると、ただ、茫然、、自然科学から人智学を導き出す、といってるけど、ここからは自然科学がぶっとんでる、、ここを突破するには、その周辺、自伝、アーカーシャ年代記、他の著書、神智学などの情報を得なければならない長い旅が必要なんだろう、、、

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「神秘学概論」宇宙の進化と人間p141~の困難

「神秘学概論」宇宙の進化と人間p141~の困難がスゴイ、

世界中で誰か、この内容を理解した人がいるのか?

シュタイナー教育が実現しているけど、この根本部分を理解して教育に活かしているのか

いないだろうな、、

理解困難だもの

図式的には、

・シュタイナーが超感覚意識を取得し

・超感覚意識で、宇宙の進化と人間、をアーカシャからそれを読み取り

・「神秘学概論」でそれを記載している

と、なる、

だから、宇宙の進化と人間、を確認する人は、シュタイナーと同様に、そのプロセスを経なくてはいけない、

おそらく、そんなことできる人、いないだろう、

よって、シュタイナーの、宇宙の進化と人間、はいつまでも、よみもの、としてしか位置づけされないであろう、

 土星紀、太陽紀、月紀、地球紀、とか、命名するけど、もっと違った命名あってもいいのでは、紛らわしすぎで、疑念を増長させるだけの命名も、問題、、、

 

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「神秘学概論」シュタイナー著の難読性

120ページまで読んでます、が、難読性がスゴイ、、
反面、たとえば、パソコンプログラム等の教科書は分かりやすい、易読性がマンタン、
両者の違いは、具体物に囲まれている感覚世界において、説明で使われるコトバ、概念が具体物に近ければ近いほど作者と読者の間のコトバ、概念はほぼ同じレベルを保てる、が、易読性につながる、反面、神秘学となると、説明が具体物から離れまくる、作者のコトバ、概念が読者のそれととてつもなく距離が遠い、が、難読性につながっている、で、「神秘学概論」が正しいかの判断は、シュタイナーのいう修行後の解脱の域に達しないと判断がつかない、今のところは、世界でただ一人、解脱したという本人シュタイナーの説明を、そうかも、そうかな、としかの気持ちでしか受け取れないのかな。

 

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「神秘学概論」シュタイナー著

p59
「エーテル」は高次の直観によってのみ知覚でき、感覚的な観察によっては、その諸作用だけしか認められない。それは肉体内に存在する鉱物素材に一定の生きた形態を与える働きのことなのである。

肉体内に存在する鉱物素材とは、現代物理学の研究対象たる物質のことであろう、その物質から生命が生まれる過程は謎のままである、そういう意味では、現代の科学の状態を表しているし、その解決案も提示している。

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今後の方向

今後の方向

シュターナー思想を核にして、スェーデンボルグ・シルバーバーチ・現代の霊能者の霊視、霊聴、生れ変わりの実証論文、臨死体験、を評価し、現代の他の認識方法、哲学、自然科学を包括できるまでに、シュターナー思想を発展的に拡大していく。

どこまで、できるのか、、、

抽象的な理論を納得、理解していくのは、しんどいです、、、。

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シュタイナー 選集第十巻

シュタイナー 選集第十巻
p86
見霊意識は わたくしたちが 通常の 眠りの中で 無意識のままに 行うように 霊魂を 神体から離脱させます、 そしてその上でこの霊魂の営みをしようと努力します、 私がこれから述べようとするのはそのような認識によって得たものです

心霊科学の著書はいろいろあるが このような 己が己の肉体を 出て 霊魂となり霊魂の 世界を説明する 書籍は他にはない 、スウェーデンボルグも同じような霊界のことを報告しているが、シュタイナーはその体験を 今生きてる世界と 死後の世界にまたがっての論理的な説明をしているところが スウェーデンボルグと異なり、非常に得るところが多い、 他の霊能者の 現在の方々も ただ亡くなったかたとの交信の前ように止まり その奥にある 全体像世界観を描ききるものは いないように思われる

シュタイナーについて学ぶことは、科学・哲学の中でどのように位置づけられるのか、
心身問題にかかわってくる、それは現代の科学・哲学でも決着はついていない、
私は、デカルトの心身二元論の立場をとる、心独自の運動形態があり、死後も独自の運動を行うことも一理ある、

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現生のこころ、死後のこころ、の、認識論

現生のこころ、死後のこころ、の、認識論、
死後のこころ、といっても、特別なものではない、

ヒトがあるものを認識するとは、ヒトがある現象に関心を持ち、その現象の存在の正しさを観察し、その背後にある法則を見出し、その法則を使い類似の現象を説明する、という一連の行いのことを意味し、正当な行為であり、科学的認識行為と称される。---(A)
ヒトは社会的歴史的存在である故、上記の一連の行為は、社会的歴史的要因に影響下において為される。
ヒトは社会的歴史的要因を背負いながら、認識するのである。
天体の運動も、量子力学での素粒子も、現生のこころも、死後のこころも、分け隔てなく、関心がもたれるある現象なのである。上記(A)を満たす行いは科学的認識行為である。科学的認識行為によって生じる結果、法則の是非は、科学的認識行為により反論を述べることができるか、に依る。
現象から、死後のこころ、を除く態度は、科学的認識行為を逸脱するものである。
以降、死後のこころ、の、現象の存在の正しさを観察し、その背後にある法則を見出し、その法則を使い類似の現象を説明する、という一連の行いを進めていきます。

現生のこころ、に対する議論は、様々行われている、そして、結論らしきものは無い、百花繚乱状態である、
心身一元論、二元論、唯心論、唯物論、現象学、、、
私は、デカルトの二元論の立場をとる。
こころには、物質と違い、こころ独自の運動形態がある、それが、死後においても、継続してある運動形態を保持しても理論的には何のおかしなことはないであろう、

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「心的現象論」吉本隆明


p20
外界から 疎外された幻想と 身体から疎外された幻想とは 錯 合 しすれ違い割れ目を与えるのである

外界から から疎外された 幻想 とはいったい何なのか 用語が難しい 個人の幻想は外界を もとにmして生まれてくるもの 進退を元にして生まれてくるもの 二つがあるということを言っているのか

p23
生命体は アメーバから 人間に至るまで ただ生命体であるという理由で 原生的疎外の 領域 を持っており したがってこの疎外の打ち消しとして存在している

本当に意味が分からない

もう少し、分かる表現ができないものか、いまのところ、手におえない、、、

 

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「MIND」p216~最後  ジョン・R・サール

p216
もちろん信念欲求 それに思考過程と言った 洗練された 志向性は 知覚や飢えや乾きの感覚に比べてより複雑だし 環境からの影響による 脳の直接的な刺激からは 隔たったものだ、 だがそれらはまさに 脳過程より引き起こされ 脳のシステム内において現実化するのである

思弁的に何を語ろうと個人の自由ではあるが なぜその語るに 至った の過程を、 理由を述べなくては誰もが納得はできない 、著者はその真摯な作業を一切行なっていないように思える

p378
第一に この説明は 心的現象を 自然の一部としてのみ扱う 、意識や 指向性は 光合成夜 消化のような 自然世界の 一部として 考えられるべきである 、第二に心的現象を 因果的に 説明するために 用いられ る 説明装置は 自然を 全体として 説明するために必要な装置と同一である 、心的現象の 説明が試みられるレベルは 素粒子物理学の レベルというよりは 生物学のレベルである、 なぜなら 意識やその他の 心的現象は 生物学的な現象だからだ 、意識やその他の心的現象は 生物学的な 過程から 生み出される ある種の生物の器官に固有のものである

著者の結論として 述べている部分ではあるが 肝心要の 心と 物理的過程等を結ぶ 精緻な 説明は本書を通して 一切なされていないように思う 、例えば 脳内の ある化学的物質 がこのような 変化を起こす時に 心が備えている 化学物質を 感じ取れる部位があり その結合点に より 心に ある種の変化をもたらす 、また逆もそのように言える、 などの 客観的な証拠を 一切示さず ただ自分の信念・ 思弁 ・言いたいことだけを 言っている気がする、 それでは 何も言っていないことと同じであろう 、しばらく時間をかけて読んでみたが 本書は 著者の 無能力をひけらかすだけのものにしかないように感じた、 逆にそれは読みきれていない私の無能力の証拠かもしれないが 、私にとり得るものはほとんどなかったに等しい、 書籍を選ぶ場合にはどっぷり浸かる前に前後左右 チェックしながら 本当にこの書籍は時間を費やすのに 価値があるかどうかの判断をしてから取り掛かるべきであるということを痛感した

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「MIND」p175~ ジョン・R・サール

p175
1 二元論が主張する二つの領域 神的なものと 物理的なもの の 関係を 知的に 理解できるように説明しようせた人が 誰一人いないこと
2その過程が不要であること 一人称的な事実と 三人称的な事実は全て 分離した 二つの領域を 家庭しなくても 説明できる
3その過程は法外な困難を生み出すこと 二元論の立場をとると 心的状態と 心的な出来事が どのようにして 物理的状態と 物理的な出来事の 原因になるのかを 説明できなくなる 要するに 随伴現象修行 避けられない

もし私が身体が 滅びた時には 身体から 魂が 抜けれていくだろうと 考えたとしても それは論理的に可能なのだ 、だがそれは 宇宙はどのように 動いているかということについて わたくしたちが知っている 全ての事と相いれない

説明できた人が誰もいない、とか 困難を生み出すこと。、などの理由で 二元論を否定するのは どういう 意味なのか、そんなことで否定する根拠になるのか、 本当にこの人は哲学をしてるのか、自分でものを考えてるのか 、恥ずかしくないのか 、宇宙はどのように動いてるかなとは一体どこまで分かってるのだ、ほぼ分からないことが ほとんどではないのか 、それをもってして 相容れないなどよく言えたものだ

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「MIND」p158~ ジョン・R・サール

p158
宇宙の中で 因果的に機能するものは 全て宇宙の一部でなければならない という当たり前の 意味で 物理的な宇宙は 因果的に閉じている 、主観的質的であること 志向性は 物理的なものに関する 三つの基準 空間的な位置と 広がりを持つこと ミクロな物理学によって 因果的に説明可能なこと 因果的に作用しシステムは 因果的に閉じていること からすると物理的である、 それら三つの性質は ある特定の期間の 脳内のある空間に 位置しており より低レベルの 過程から 因果的に説明可能で 因果的に 作用できる

著者は高名な 哲学者と 思っていたが それは間違いのようだ、 言葉一つ一つの使い方のいい加減さ 呆れてしまう 物理的物理的と言いながら何が物理的なのかの説明が全くない 、心的なものが ある特定の 期間の脳内の ある空間に位置しているなどと 何を理由にそのような 断言 ができるのか すべてがすべて 著者の考えの 過程が示されずただ 断言している 、これが哲学する様なのか呆れて物も言えない

 

p159
脳内の 空間で生じる あらゆる 心的な活動は 脳内のミクロな過程によって引き起こされる

脳内の空間で生じるあらゆる心的な活動 というのが本当なのかどうなのかというのが 一番の問題なのに 何も説明もせずに シラット 断言をして議論を終わらせている、 なんなのだこの人は

p159
人間や動物といった有機体のような物理的なシステムが 質的主観的思考的といった 状態を備えているはずがない と考えるのは不合理だ

物理的なシステムが 質的主観的状態を 備えている ことを言いたいがために、 いかにも人間や動物が物理的なシステムであるかのように ごまかしをしている、 人間や動物は物理的なシステムを含んだ生物的心的なシステムなのである

p159
これが本書の最も 重要な主張の一つだ 一旦伝統的なカテゴリーを事実に合うように 改定したなら 心的なものとしての心的なものが 物理的なものとしての物理的なものであることを 認めることに問題はない、心的なものと物理的なものについての従来のデカルト式の定義を共に改定しなければならない

なんなんだこの人は こんな説明で 重要な問題を終わらせたかのように勘違いしている、 このいい加減な 考え これ以降も こんな考えに付き合わなければならないのか 時間の無駄にしか思えない

p164
意識を 神経的な基盤へと 因果的に 還元することはできる、 だが その還元は 存在論的な 還元を導くものではない 、なぜなら 意識は 一人称的な 存在論を備えており もし意識を三人称の 用語で 定義し直せば 意識と言う 概念を持つことの 意義を 失うことになるからだ

ここに来てまともなことを言い始めている感がある、今までの ページに書かれている内容と 違った内容が書かれ始めてる気がする 、ただ意識を神経的な基盤に 因果的に 還元することはできると言うが それは違うだろう、 二つの経路があり 足を踏まれた痛みというのは神経的な情報となり脳に到達し 次に不明な何かの作用により 意識として認識される 、逆に 哲学を考えようという意識は 体を使って周りの状態を、 考えることができる環境に 整えるだろう、 足を踏まれたからあるいは何らかの神経的な刺激によって哲学を考えようという意識にはならない 、意識には二通りあり 神経の刺激を即物的に 認識する機能と 、独自に 何かを 行おう という 物理的神経的なものとは全く関係のない 機能 の 二つ である

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「MIND」p156~ ジョン・R・サール

p156
消化が 消化器系の生物学的な性質で あるのと同じように 意識とは脳の生物学的な性質だ

意識とは脳の生物学的な性質だ、何故、著者はこうも簡単に言ってしまうのか、自身でも一人称で発生する意識と、三人称であらわす物質とは次元が違う、という考えを述べている、それがこうも簡単に意識と脳の関係を述べてしまう、コトバの厳密な使い方をすっ飛ばしてしまう、著者の意識あるいは脳の中身を見てみたいものだ、脳の生物学的な性質と 意識との間には 大きな飛躍がある、 その飛躍を埋めない限り 脳と 意識との関係性は不明のままだ 、主観的な意識という言葉は 客観的なあらゆる対象に 対応はしない 、消化器系の生物学的な性質に つけられた名称が客観的な言葉である消化という言葉である、 客観的な脳の生物学的な性質に 主観的な内観で初めて感じる意識という名前をつけるのは 誤りだ、 主観的に感じることができる意識という名称を 客観的なあらゆる対象に対して その名前を付与するというのは 誤りだ 、その二者 は別物であり その間の 隔たりを埋める作業 、関係性を 探る作業を をしなくてはならない

p157
内在的 主観的な 心的要素を 織り込める 物理的なものという概念を拡張する必要がある

全く逆であろう 、物理的なものを 心的要素に織り込める 拡張が必要なのである、 著者の 主張を全て 逆にすれば いいのだろう 、つまり心的を物理的に物理的を心的に 、私の 考えの過程を再度述べよう、 まず 自分がいて 周りを眺める 自分が椅子に座り前にある蛍光灯を眺める 、目をつぶる 、蛍光灯は いなくなり 暗闇だけが残る 、つまり 客観的な情報は 自分の意識が作り出している、 全ては自分の意識から 始まる 、全ては自分の意識・心に 支配されるものだ、 自分の意識・心から はみ出たものは つまり意識はできない

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「MIND」p128~ ジョン・R・サール

p128
ネーゲルの議論はこう述べている、私の身体は 私の心がないとしても存在できるだろうし まさにそのようにあるだろう 、従って私の心は私の 身体私の身体の一部 私の身体のいかなる機能とも同一ではないのだ

心の定義を考えなくてはいけない、 心とは何を意味してるのか 、自分に属する物質以外のもの全てを指しているということで説明がつくのだろうか、 喜怒哀楽・ 思索 ・問題の発見・目的への計画・ 実施する意識・ 悩み考え 決断する 、このように 列記し続けても定義の謎は深まる

p128
信念や願望と言った 志 向的な状態は 世界を他ならぬあるアスペクトのもとに表象している

このような言い方しかできない著者は 説明能力がないのだと思う 、著者が言いたいのはこういうことなのだろうか、 つまり 信念や 願望 というものは歴史的な空間的な背景を持ったそれぞれの 対象物を基盤にして、出来上がる

p141
二元論の失敗と物理的 科学の成功があればこそ ともかく現実世界について言われるべきことはすべて 完全に唯物論の観点から説明できるはずだという印象を与える 、還元できない 心的現象の存在は おさまりが悪いものだし知的に厭わしいと思える 、それは受け入れ難いものだ

そういう立場なら確かに 意味のない無鉄砲な議論をしたがるだろう、現実を無視して自分の言いたいことを言いたいように言う時間の無駄

p154 155
/ここからが 著者の 考えを 述べ始めている 最も興味のある部分へと移行する/
心的過程の全ては 神経生物学的な過程から 引き起こされることに 疑問の余地がないことを わたくしたちは知っている、 わたくしたちは喉の渇きが 神経的な過程によって 引き起こされることや 感覚それ自体が 脳の内側で 生じている過程であることを 疑いの余地なく知っている

何を言ってやがんで 、何のためにグダグダと ここに来るまで過去の哲学者の 過ちの数々を眺めてきたんだい 、相も変わらず著者はその過ち の山にまた石を積んでいる、 神経生物学的に 心的に 渇きが 生じる 過程は わかる 、それでは 教会または神社のお参りの前に 水を手に掛けて 清め る行為というのは何によって生じるんだい、 それは神経生物学的に生じる行いなのかい、違うだろう 、なぜ心から発生し神経生物学的に繋がる因果関係を 取り上げてみようとしない?、なぜ それを隠そうとする?、 著者も初めから 唯物論ありき、それに合わせてすべての 事実を都合のよいものだけをよ せ 集めようとしてるからだ、この世の中は唯心論でなりたっている と思う、五感で感じるものも全て心が感じるもの 、目をつぶるとすぐにわかる、 目をつぶるとあるはずの物理的なものが消える、 盲目の方は その世界が 日常の世界 、クオリオがそのように了解する、 思考実験で 全ての人が盲目である世界を考えてみよう、 全ての人の了解する社会 、クオリオとして 感覚できるのは 暗闇の世界、 つまりこの世は唯心論の一元論である、 心的なものも物理的なものも全て繋がって一元的なのである

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「MIND」p82~ ジョン・R・サール

p82
同一説への反論
ライプニッツの法則は任意の二つのものが同一であるなら両者は 全ての性質を共通に備えているはずだと主張する

※そうであろうそもそも 同一の定義自体がそういうことなのだから 心と脳が同一とは言えない 

p89
あなたと私が共にデンバーはコロラドの 首都 だと信じているとする もしそこに 私たちの脳状態の他に何もなく二人が 異なる脳状態の タイプにあるとしたら正確に言って私たちは何を共有していることになるのだろうか

トークントークン説とかタイプタイプ説とか 本当に レベルが低い議論をするものだ
このような ひどい議論をしている 哲学者の 先生方には 呆れてしまう

p92
機能主義の基本的な動機は いったいなぜ私たちは 人々に心的状態があると考えているのか という問いに答えることだった
その回答はこうだ
人々は信念や欲求を 抱く なぜなら人々の行動を説明したいからだ 機能主義はこうした 洞察 の全てを捕らえて きたと思う

この文章の意味がわかる人がいたら見てみたいものだ
翻訳が悪いのか 著者がおかしいのか こんな表現の混じっている本を 読破 するのは先が思いやられる

p105
消去的 唯物論はこう論じる
信念や欲求などを前提する理論とは何か それは 常識 、あるいは心理学の祖先学術論文では 通例、民間心理学と呼ばれている理論だ 、しかし今や 唯物論の物語が進むにつれて民間心理学は不適切で全くあやまった 理論だと 言うことがほぼ確実になった 、よってその前提となっている信念や欲求といった心的状態が錯覚であることが示されるということになる

開いた口が塞がらないと言う しかない
民間心理学とは一体何者か
なんにせよ 全ての人が実感している信念や欲求という概念を錯覚と言う このバカさ加減、 なんでこんなめちゃくちゃなことが 議論されてしまうのか 、この類の 哲学者は 認識の正しい方法を持っていないように見える
事実をまず確認する
その背後にある法則を考える
その法則を持って他の類似事象を説明する
こんなことは当たり前だろう 、まず初めに新年や欲求と言った 感覚概念が 全員が持っている という事実を認めるのが一番最初の 基本認識であろう 、それを認めずに何を議論しようというのかこいつらは


p106
神経科学が発展して もはや 信念や 欲求といった類の 概念は お払い箱になっている、 なぜなら そうした概念は 神経生物学のカテゴリーに適合しないからだ

一体何を言っているのか 、哲学者は 基本的な 認識方法論を持ち合わせていないように見える、 驚きを超えて 唖然とする、 こんなことが哲学の世界で 議論されているとは 時間の無駄だ 、まず現実を見ると信念や欲求というものは実在する 、それを見ずに神経生物学のカテゴリーに適合しないという 理由 で それらの概念を 無しとするのは 一体何なんだ 、こいつらは一体何なんだ

p107
心的なものと物理的なものに関してはそのように厳密が決定論的因果法則は存在しない、 したがって いわゆる 心 的な出来事は全て物理的な出来事である

何を言ってやんで、こんなことでよく学者をやってられるね 、心的なものと物理的なものに関して厳密な決定論がないなどといつわかったんだ、誰が言ったんだ、永遠にそうなのか、単純にまだ そこまでの 調査研究が進んでないだけではないか

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「MIND」p54~ ジョン・R・サール

p54

心的実体は 空間に広がるものではないからだ

※一体何を元にして著者はこのような断言ができるのだろうか
心的実体も不明なままそれが空間とのどのような関係を持つかも不明なまま何の現象を元にしてこの考えを導き出すのか全く不明である
哲学者はこのような言動が多いそれは物事を認識しその過程を説明する上でまったくもって間違った方法である
思索を行うもの、つまり科学者哲学者をすべて含むわけたが、彼らは次の方法でその思索の過程を述べなくてはならないはずだ

1.自分はこのような現象を真実と考える
2.その結果背景にある法則はこのようなものである
3.この法則を再度別の類似の現象でまた説明することはできていない、またはできている

 

p56
他人の心に関する知識の場合 推論に寄らないチェックを行う術はない
そこに何かがあるのかどうかを確かめるために中身を覗いて見るわけにはいかないのだ

※ もちろん他人の心を100%感じることはできない
その限界を知りながら他人の実際の気持ち心をその他人から言葉で聞き確認することはできる、そういう経験を積み他人の心を類推することはほぼ正しいということはいえている
著者のように他人の心を知ることは全くできないというような言い方は誤解を招く


p56
デカルトの文章の最初のステップは神の存在証明を必要とした


※知覚の問題において神の存在は不要である、あくまで人と対象物の関係性によって知覚の問題は明確になる
地動説から天動説への法則の移行過程を考えるとそれで十分である 


p57
デカルトは人間の知覚が一般に世界の正確な表象であるとは考えていなかったことを強調しておくことは重要だ
知覚の上では色や味や匂いや音は世界の一部であるように思える
しかし本当は対象は色や味や臭いや音を持たない
重要なのは知覚経験の多くが錯覚であるにも関わらず知覚経験を引き起こす外部世界が存在することをわたくしたちが確信でき、知覚から外部世界に関するある種の正確な情報をえられるのは疑いないということだ

※ 賛成である。
しかし、知覚ができない色や味や臭いや音を持たない対象を、考えることの、妥当性が不明である。
知覚経験を引き起こす外部世界を認め、その裏にある法則が、それ、といえば、正しい思索の方法であろう、その思索・法則を証明するためには、目をつぶり、耳をふさげば対象がきえることがわかればよいのか。


p58
二元論では、自己とはまさに心的実体と等しく心的実体の同一性はただそれが同一の心的実体であることによって保証されている。
しかしこれはまるで独断的な解決だ。

※自己とはまさに心的実体と等しいと思う。
心的実体の同一性はただそれが同一の心的実体である、などの表現を著者は本当に自分で理解しながら使っているのだろうか。
独断的な解決だ、と断じる著者もまた独断的である。
独断的にならないための方法は

1.対象となる事実を確認する
2.その背後にある法則を示す
3.その法則により他の類似の対象を説明する

この思索の過程を明らかにしない判断はすべて独断と言わざるを得ない


心的実態はそれほどの神秘的な力や特性のすべてをどうやって手に入れたのだろうか 

※これは非常に困難を極める問題であろう 
力の統一理論がまだ解決の途上であると同じように

私達の物理的な身体と意識経験の他にさらにそのような心的実体があると考える理由は何だろうか

※ 己を顧みてないそうすれば心的実体があるというのは明らかに認識できるであろう
心的実体とは何を意味する言葉なのか、 五感で知覚できる物以外の全てが心的実体と言っても良いのではなかろうか 
ヒュームまたはリヒテンベルクのような唯物的考えは論外であると思う

p64
デカルト式の実体二元論は心と体の関係を適切に解釈できなかったし筋の通った解釈も提示できなかった
実体二元論に基づけば肉体が滅びた後も魂は生き続けられると言う結論が導かれる
だが専門家たちの間では実体二元論はもはや検討に値しないと考えられている

※私の立場は実体二元論です
その思索の過程はまた後で述べようと思います
実体二元論はもはや検討に値しないとする専門家の説明を聞いてみたいものです。
私の考える心と体の関係は下記のものです
心のエネルギーが脳のある箇所に働きかけをする、それは脳内物質でありそれが神経回路網へと影響し身体が伴って動作する


物理学によれば宇宙に存在する 物質エネルギーの総量は一定である
しかし実体二元論には物理学では捕らえられない心的エネルギーや魂のエネルギーといった別種のえエネルギーが存在するという考えが含まれる。だからもし実体二元論が正しいとするとエネルギー保存の法則という、物理学の最も基本的な法則が誤っていることになってしまう

※宇宙に存在する 物質エネルギーの総量は一定、と言う怪しい科学もどきのことを言ってしまうのは真の科学的素養のない哲学者の限界なのか
こころ、魂というものがよくわからないにも関わらず、それに対してエネルギーという言葉を用いてしかも物理的なエネルギーという意味合いを持たせるというのは全く言っていることは意味をなしていない

p66
物理的な実態に基づくことなく意識を作り出せると言う考え方は想像してみることはできたとしても科学的な仮説としては論外だろう

※著者の結論に至る思索過程を示さずに断言しても説得力は全くない

p67
観念論の考え方は、宇宙は完全に心的である
人が物理的な世界だと考えているものはより根底的な心的実在のとる形態の一つに過ぎない

※この考え方は私の考えと全く一致している

p74
心とは身体の行動に過ぎないと主張される

※何が事実かをまず確認すべきである、誰しも自分の心があることは認識している、その心が思ったように体が動くこともわかる、逆に何かしら体が動くことによってまたは脳内の変化により心が生じているというそういう内省はできるだろうか、出来はしない、何が事実なのかを見極めレバこんな愚論は生じないはずだこれが多くの哲学者がまた唯物論者が唱えているというのは呆れたもんだ、何が事実でそうでないかを見極めるべき、ただ科学という言葉を最高のものとしてそこから何かを考えようとするから間違いなっている、現実を見なければいけない、今の唯物論者は本末転倒も甚だしい、なぜそんな当たり前のことがわからないのか、唯物論者が言う身体又は脳内の物質が変化することによってどんな心が生じるのか、その過程を全ては説明してもらおうではないか、そんなことはできるわけがない、なぜならばそうではないからだ


p75
科学的な主張は客観的に検証できなければならないそして人間の心について唯一客観的に検証できる主張とは人間の行動に関する主張だけだというわけである

※ 科学とは何か、それは認識の方法論の一つである、対象の事実を確認し、その背後にある法則を見出し、その法則を持って類似の対象を説明する、 客観的な現象とは複数の人が五感によって確認できる現象、つまり心以外のものを検証する時に使う言葉である、心の検証をする際に客観的という言葉は使えない、各々の内的な心の状態を言葉で表現しあいそれによって検証していくという手順をとらなければならない 、その状態を造語で客心的検証と名付けよう

p80
行動主義は実質上外的な行動の他に内的な経験があることを否定する

※こんな考えに関わりあっていた無駄な学者、無駄な時間、なぜこんなバカなことが許されるのか

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「MIND」p41~ ジョン・R・サール

p41
もし私の 自由意志が私の心の性質であり、他方で物理的世界ではあらゆることが決定されているとしたら、こころがどのようにして物理的な世界に影響をおよぼせるのかがわからなくな
る。
※物理的世界ではあらゆることが決定されている、とは、何のことか、ニュートン力学の適用範囲の現象か、生命を取り込んだ範囲をカバーするのか、そこを明確にしないから心身問題
はいつも定まらない。

 

p44
私の同一性は私の心的実体が同一であることによって保証されている。
※そのとおりだと思う

p45
デカルトは動物に心が無いと言った
※動物に心はあるでしょ、ただ、心の定義が必要、、感情・喜怒哀楽・思索・目的意識、、、

p46
人は眠るが、最小限の夢を見続ける、意識的であり続ける
※そうだろう

p48
脳内で起こっていることがいったいどのようにして脳の外側へ向かうことができるのか
※こころは表象を操作し、その中に生きる。脳内だろうが、脳外だろうか、区別は無い。

p50
物理的世界の一部ではない心的状態は、いかにして物理的世界に対して因果的に作用することができるのであろうか
※心的世界の一部である物理的世界、というべきであろう、何故なら、こころが物理的世界を認識しているのだから。

p51
無意識という言葉は実質的に何を意味するはずなのか
脳内の出来事にかかわるどのような事実がそれを心的であると同時に無意識的にしうるのか。
※無意識は、こころの運動様態のひとつである、無意識の情報が機能しつつ、現在の意識が造られている。

p52
人間の心理現象や社会現象の説明は物理学や化学の説明とは論理構造が異なっていると言われる。
※人間の心理現象や社会現象の説明は物理学や化学の説明とは論理構造は同じである。
いずれも、認識論の問題である。
対象を特定し、その裏側に潜む法則を見出す、

p53
心と身体の相互影響過程は、松果腺が結合点となっている。
※それは違うであろう、心と身体の相互影響過程は、今後の課題であろう、力の統一理論が今後の課題であるように、、

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「MIND」p1~ ジョン・R・サール

p16
どれも謝った一連の前提の上に成り立っている
その結果はどうかといえばよく知られている理論しかも影響力のある理論がそもそも全部誤っているという点で心の哲学は哲学の中でも類を見ないテーマである

※著者は大上段に振りかぶっているが果たしてその結果はどうなるか興味がある


p18
周りにある 椅子テーブル家木といた色々な物を眺めてみようこれらの物はどんな意味であれ主観的とは言えない
それらは誰かに経験されるかどうかに全く関係なくそこにある
心的なものはあくまで心的であって物理的ではないまた物理的なものがあくまで物理的であって心的ではない

※周りにある 椅子テーブル家木といた色々な物は、ヒトが感覚できてその認識ができる
そもそも、このような議論をし、このような本が書かれる、思索することは心的なことである。
人が関与することはすべてこころ的なもので始まりそして心的なもので終わる
心的なものの認識能力が基盤にありその上に立って議論の対象とする心的なものと物理的なものがある


p19
痛みのような意識体験が一体どうやって物理的な粒子からできている世界の中に存在できるのか

※どのように可能なのか、という質問に対しては何を答えればその答えとなるのか
どうやって月が地球の周りを回ることが可能なのかという質問に変えてみよう
その答えは 月と地球に関わる力の関係で説明ができる、答えを出した、ということになります。つまり目の前にある現象よりも一般的な概念言葉を用いて説明することにより納得したような気持ちになりそれを答えと言っている。
同じように考えるならば心と物理的存在の2種類があり、心の存在できる理由というのはそれよりももっと一般的な概念言葉で説明しなくてはならない。
しかしながらまだ人間にはそのような概念言葉法則は見つけ出されていないので答えもないということになる 。

また脳内にあるとされる 物理的な粒子が 一体どうやって心的な経験を引き起こすことができるのか

※この問いかけは逆であろう、つまり心的な運動が 脳内にあるとされる 物理的な粒子を変化させるのであろう。
なぜ、私はそのようなことを主張できるのであろう。
つまり哲学をするということは何をしてることになるのだろう
哲学も科学も全く同じことをしている、つまりある対象に対してその背後にある法則を求めその法則の確からしさを他の類似の現象で再確認し続ける、こういう行為を行うことが哲学をする認識をするということである
本書でのこの議論の場合、心の存在と物理的な存在はある、しかしその背後にあるお互いの関係性の法則を思弁的に考えたとしてもそれを立証する方法が今のところない、そういう状態で現在がある。
証明できる方法が無い場合、正当性を担保するのは、法則を導き出す過程が納得いくものであるか、否かによる。
私のそもそもの発想は見るにしてを考えるにしても全て人の心がありそれを前提に全てが始まる、ということは当然心の発動により脳内の物理的な様子が変化するという結論になるである、逆に脳内の物理的な粒子の動きが心をつくる、といってもそう考えること自体がそもそも心によって考えられている。
果たして、この思弁は納得のいく過程を経ているのか。

p19

主観的で実体がなく物質的でない意識という心的状態が一体どのようにして物理的な世界において何かしらの原因になり得るのだろうか

※心的状態が物理的なの世界に対しての影響力発動する仕組みというのはまだ不明である

果たしてそれは人知の及ぶ 範疇の問いなのかも不明である 


頭の中にある考えはどうやって遠方の対象や二回に及んだり注意を向けたりすることができるのだろうか例えばワシントンやロンドンパリで起こりつつある政治的な出来事に。

※心的な表象の操作によってそのようなことができるというのは現実である、その仕組みについてはまだ不明であるという認識を持つことが大事である。


伝統的な語彙は心的なものと物理的なものが相互に排除し合うことを当然の前提としている私はこれらの行為と前提を克服するつもりだまたそれを通して従来の問題を解決もしくは解消したいと思う

※楽しみである。


p20

必要なことは意識の詳しい構造ともっかの神経生物学が取り組んでいる研究の異議を調査し考察することだ

※そうかも、果たして何が出るか興味がある


p21

世界の性質には観察者から独立した性質と観察者に依存するもしくは観察者に関係している性質があるという区別

※そうだろう


自然科学は観察者から独立した事象を扱い、社会科学は観察者に依存する事象を扱う。

観察者に依存する事実は知識を備えた行為者によって作り出されるが意識を備えたその行為者の心の状態自体は観察者とは独立した心の状態だ。

私の手にある一枚の紙切れは私や他の人がそれをお金だとみなす限りにおいてお金であるにすぎない。

お金は観察者に依存している。だが人々がそれをお金だとみなしているという事実はそれ自体観察者に依存してい。

私は他の人々がこの紙切れをお金だとみなすことは人々についての観察者から独立した事実だ。

※意味不明。観察者、人々、意識を備えた行為者、、哲学特有の意味不明な文章、、


p22

地図の情報が派生的な志向性

と述べているのか、意味不明、、


p24

本書は、心の哲学こそが現代哲学で最も重要なテーマであり現在の標準的な見解(二元論、唯物論、行動主義、機能主義、計算主義、消去主義、随伴現象説)は全て誤っているという確信のもとに書かれている 

※それは、楽しみだ


p35

他人にも心があることを人はどうやって知るのだろうか

※ 自分を考え類推することによってしか他人にも心があるということを断定できない

心は各人の内部に存在することであるから他の人の心を知ることは心の性質上原理的に不可能である 


p40

人は本当の対象を知覚しているとする見解から 人は対象の観念を知覚するに過ぎないと言う見解への移行は哲学の歴史においては決定的に重要な移行であった 

※そもそも本当の対象なるものは存在しないと思う。 なぜならばすべては人の知覚を通じて世界が始まっているからだ

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「哲学入門」p49~ 戸田山和久著

p49
内容を持っているという意味において、意味論的なのである。

※著者は何をいっているのか、内容、意味の定義もしないで勝手に使っている、自分の言葉に酔っている、そんな二日酔いだらけの言葉の数々、
忙しい身にすれば、つきあってられない、

 

p50
文全体の意味
※ヒトは獲得済みの概念・表象作成能力を使い、世代を超えた時間、空間の実体験・具体物をベースにし、それらを概念・表象に変化させ、ヒトはその
概念・表象の中に住み、概念・表象を操作の中に住んでいる、統語論は、その操作の規則の事である。
ヒト間の情報交換とはその概念・表象の交換である。
意味が分かる、分からないとは、ヒト相互の概念・表象の交換の成功、不成功のことをいう。
意味が分からないとは、上述した概念・表象の規則に反している箇所があるときに生じる。

ヒトがつくった道具のコンピュータに対して意味論を問うことは、不毛の議論である。

p51
サールにいわせると、神経タンパク質は意味や、意識に欠かせない。

※サールって、ひどい、何なんだ、
(ところで、サールって、セクハラで退職したらしい、著作の内容と本人の振る舞いは別物、となるのか?)

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「哲学入門」p46~ 戸田山和久 

p46

知能というものを 振る舞いのパターンと考えるべきかその背後にあってそうしたパターンを実現している何かと考えるべきか。これについて決着をつけることはできそうにない。

著者は自分で考えているんだろうか、知能は、「パターンを実現している何かと考えるべき」しかないでしょ。
こんな著者の本を400pも読み続けて時間の無駄にならないか心配である。

p47
われわれには、「意味を理解する」とはどういうことなのかがよくわかっているわけではない。


ここを、しっかりと定義しないと、どうしようもないし、それを許している著者はどうしようもない。

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「哲学入門」 戸田山和久 p1~

p11

心というのはとどのつまり脳の働き、脳って物質脳の働きも結局のところ複雑が化学反応にすぎない
この世は要するに物理的なものだけで出来ておりそこで起こることは全て煎じ詰めれば物理的なもの同士の物理的な相互作用に他ならない

上記のように思考することは、精神の働きである。
唯物論、といっても、その単語自体が、精神のかたまりである。
唯心論、といっても、その単語自体が、精神のかたまりである。
つまり、精神(こころ)がモノもコトもココロも全てを包含している。

 

存在もどきたちをモノだけ世界観に描きこむ

逆だろう、
存在もどきしかない、
モノを存在もどきたちの中に描きこむ、ことしかできない、

還元主義
神経細胞が発火することがバナナを意味することの正体がなのだ。

※プリオネが考えられていない、


ロボットの人工知能もバナナを意味することができる

※日本語になってない、バナナを意味するってどういうこと?
このような 表現をする人の文章は読みたくなくなる
この人の思索も似たように虚ろなものだろう

還元主義+観点
モノの集まりをシステムと考える観点に立てば、意味が出てくる。

※ 意味、の定義がされていない議論の進め方には吐き気がする。


発生的観点


物理的世界の中で存在もどきがそうでないもうから現れてくるプロセスを明らかにしそのシナリオを作る
存在もどきが、原機能、原目的、原意味、原価値、原自由エオセトラ、から徐々に湧いて出た過程を再構成する

※意味というものは
人間は実経験を基礎にして、概念(実体験を抽象化したもの)を作りだす。
その概念を複数の人間でやり取りする、その際にその概念を理解できないつまり受け取れなかった者が、その意味はどういう意味かという問いになる。
つまり意味というのは、概念が複数の人間でやり取りされている、まさにそのときの概念を意味という言葉を使ってあらわす。
モノがいかに複雑なシステムになっても、そこには、意味、というコトバは存在しない。
意味は、ヒトの存在の中にしか現われない。

 

p30
哲学の正しい理由はいったい何によって保証されるのか
彼は発生的観点から心を説明しようとしている
生き物が持つ表象能力が高まったことが自由価値目的の発生の原因としている
何を言うにも自由ではあるが言ったことの証明ができないのでは議論にはならない
つまり発生的観点を言うならば彼の言うところの表象能力の高まりの時系列の化石がなければ証明することはできない
それは無理というものであろう

p37
意味を理解するロボットあるいはコンピューターを作るにはどうしたらよいか

※意味、理解、のコトバの定義なしでの議論は筆者の浅はかさを示してあまりある

p40
かなりの率で機械の方を人間と判定するならば機械は知能を持っているといってよい

※知能の定義が無い、
知能は、ヒトに対して使用されるものであり、ヒトにより作り出される機械というのは知能という言葉とまったく縁遠いものである

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