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初回のマスターとの遭遇後

ワイス博士 管理者コメント

マスター達とは一体何者か。
これは現実か。
父と息子は葬られて何年もしてから、二人は私に話しかけ、他人の知らない特別の秘密を知らせて、本当に自分たちであることを証明した。
息子は進化した魂の持ち主だったのか?
息子は自分で同意して私たちの所に生まれ23日で死ぬことにより、私たちのカルマを返す手助けをし精神科医になるように決心させてくれたのか?
私の心の中に温かいものがあふれてきた。
すべてのものとの一体感と、天地とともにある感覚を感じていた。
父と亡くなった息子がとてもいとおしく感じられた。
二人が私に連絡してくれたことが本当にうれしかった。

その時以降、私の人生はすっかり変わってしまった。
注意深く批判的に一定の距離を置いて読んでいたたくさんの本が、すべて納得できてしまった。
キャサリンの過去生の記憶もメッセージも本当だった。
私は事実を掌握したのだ。証拠を得たのだった。

しかし、以前の慣れ親しんだ論理的な考え方と猜疑心が、心の中で反対を唱えていた。
単なるESPとか、超能力的技術かもしれないじゃないか。
それが、輪廻転生とか精霊の存在なんかを証明しはしないさ。
しかし、今度は私はもっとよく知っていた。
一度も聞いたことがない外国語を話せる子供、
前世で致命傷を負ったところにアザを持って生まれた子供、
何世紀も前に何千キロも離れたところに宝物のことを知っている子供、
証拠はあまりにも強力でしかも強烈だった。
これは本当のことなのだ。
実際に体験してみなければ、こうした概念を信ずるのはどんなに難しいか、私にはよく理解できた。
頭で理解するだけでなくそれを信ずるようになるためには、体験が必要なのだ。

私の心は今やっと、キャサリンの言っていることが真実である、いや、多分そうに違いない、と感じていた。
私の父や息子に関する情報は、普通の手段では得られるはずがなかった。
彼女の知識や能力は、確かにすばらしい超能力の存在を証明していた。
キャサリンのことは信じられても、本の中に書かれていることに対しては、私はまだ用心深く懐疑的な態度を保っていた。
超能力的現象や死後の世界や、不思議な超常現象等について報告している人達は、一体、どんな人物なのだろうか?
彼等は科学的な観察方法や照明の手法について、きちんとした訓練を受けているのだろうか?
キャサリンとの圧倒的なすばらしい体験にもかかわらず、私の生まれながらの批判的精神がこれからも、あらゆる事柄、あらゆる情報を細かく検証させずにはいないだろうと、私は自分で知っていた。
新しい情報が、それまでのセッションで形作られた枠組みにどう合致するのか、これからもチェックするだろう。
科学者の厳格な目で、すべての角度から調べてみるだろう。
しかし、それにもかかわらず、私はすでに枠組みがそこにあることを、もはや否定することはできなかった。


 ワイス博士はキャサリンの診察で突如現れたマスターとの交信(亡き父と、亡き息子からの情報)に動揺している。
「私は事実を掌握したのだ。証拠を得たのだった。」
「これは本当のことなのだ。
実際に体験してみなければ、こうした概念を信ずるのはどんなに難しいか、私にはよく理解できた。
頭で理解するだけでなくそれを信ずるようになるためには、体験が必要なのだ。」
と霊魂の存在を、肯定的に断言したり、はたまた、
「キャサリンとの圧倒的なすばらしい体験にもかかわらず、私の生まれながらの批判的精神がこれからも、あらゆる事柄、あらゆる情報を細かく検証させずにはいないだろうと、私は自分で知っていた。
新しい情報が、それまでのセッションで形作られた枠組みにどう合致するのか、これからもチェックするだろう。
科学者の厳格な目で、すべての角度から調べてみるだろう。」
と霊魂を確信するのではなく、客観的に研究することを言ってみたり、最後には
「しかし、それにもかかわらず、私はすでに枠組みがそこにあることを、もはや否定することはできなかった。」と、ほぼ、霊魂の存在を肯定する。

この混乱の原因は、事実とその評価、が完全に分離できていないところから生じている。

私は次の通り、考察する。

<事実>
「キャサリンが、知るはずのない著者の亡き父、亡き息子のできごとについて、述べる。」
これを一般化して表現すると、
「キャサリンは超能力があり、「何らかの情報エネルギー」にアクセスできる。」
となる。
このことは、何人も否定できない事実である。
(勿論、ワイス博士が述べている状況が事実であることを仮定する。以降も同じ。管理者自身は、博士の著書を読むと、事実のハナシと感じる。)

<評価>
上記事実の核心は、「何らかの情報エネルギー」である。

・「何らかの情報エネルギー」は、霊魂である。
・「何らかの情報エネルギー」は、ワイス博士のオーラである。
・「何らかの情報エネルギー」は、アカシックレコードである。

<仮定>
・「何らかの情報エネルギー」は、様々な形態をとる。
  それらは、霊魂、オーラ、アカシックレコードである。

それらの形態のシステム(相互関連性)は、今後、他の事実を参照することにより導かれていくであろう。

今後、ヒトの認識論を考察しなくてはいけないだろう。
認識とは何か、
五感で感じれないことを認識することとは何か、
国家を、法律を、言語を、量子論を、認識する、とはどういうことか、
そして、霊魂を認識するとは、