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「MIND」p156~ ジョン・R・サール

p156
消化が 消化器系の生物学的な性質で あるのと同じように 意識とは脳の生物学的な性質だ

意識とは脳の生物学的な性質だ、何故、著者はこうも簡単に言ってしまうのか、自身でも一人称で発生する意識と、三人称であらわす物質とは次元が違う、という考えを述べている、それがこうも簡単に意識と脳の関係を述べてしまう、コトバの厳密な使い方をすっ飛ばしてしまう、著者の意識あるいは脳の中身を見てみたいものだ、脳の生物学的な性質と 意識との間には 大きな飛躍がある、 その飛躍を埋めない限り 脳と 意識との関係性は不明のままだ 、主観的な意識という言葉は 客観的なあらゆる対象に 対応はしない 、消化器系の生物学的な性質に つけられた名称が客観的な言葉である消化という言葉である、 客観的な脳の生物学的な性質に 主観的な内観で初めて感じる意識という名前をつけるのは 誤りだ、 主観的に感じることができる意識という名称を 客観的なあらゆる対象に対して その名前を付与するというのは 誤りだ 、その二者 は別物であり その間の 隔たりを埋める作業 、関係性を 探る作業を をしなくてはならない

p157
内在的 主観的な 心的要素を 織り込める 物理的なものという概念を拡張する必要がある

全く逆であろう 、物理的なものを 心的要素に織り込める 拡張が必要なのである、 著者の 主張を全て 逆にすれば いいのだろう 、つまり心的を物理的に物理的を心的に 、私の 考えの過程を再度述べよう、 まず 自分がいて 周りを眺める 自分が椅子に座り前にある蛍光灯を眺める 、目をつぶる 、蛍光灯は いなくなり 暗闇だけが残る 、つまり 客観的な情報は 自分の意識が作り出している、 全ては自分の意識から 始まる 、全ては自分の意識・心に 支配されるものだ、 自分の意識・心から はみ出たものは つまり意識はできない